中韓「歴史戦争」を鑑とせよ

飯嶋七生(自由主義史観研究会会報編集長)
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歴史とは何か?
今さら、このような問いかけをすること自体、われわれの学問的良心をいたく傷つける。歴史は科学であり、政治的、思想的な思考から解き放たれた純粋な学問であると信じる者にとって、それを否定することは残酷ですらある。
だが、周囲を一瞥するがいい。そこでは、まぎれもなく、歴史は武器なのである。

中国国旗には「歴史歪曲」の文字
歴史劇の濫造
『朱蒙』(MBC 2006)という韓国の大河ドラマをご存じだろうか。 日本でも、本年四月二十五日から、BSフジが放映を始めたばかりなので、新聞等で宣伝広告を見た人もいるだろう。
内容は、紀元前にさかのぼって高句麗(西暦紀元前後から七世紀ごろまで存在した国家で、最大版図は現在の北朝鮮から中国東北部)の建国神話をえがいたもので、漢帝国の圧政に苦しみながら、朝鮮民族の国家を建国した「高朱蒙」の一生を追っている。ちなみに、このテレビドラマは韓国で史上最高視聴率を記録したそうである。
そのほかにも、ここ一?二年の間に、七世紀の高句麗を舞台にした『淵蓋蘇文』(SBS 2006)や、高句麗滅亡後の故地に成立した、渤海(ぼっかい)国の英雄『大栄』(KBS 2007)のドラマがつくられ、いずれも高視聴率をあげている。
そして、韓国が史上最大規模の制作費(日本円に換算して約五十八億円)を投入して、撮影を進めているのが、高句麗の最大版図を築いた広開土王の物語、『太王四神記』である。主演は、日本でも有名なペ・ヨンジュンが務め、ロケ地の京畿道九里市では、実物大の広開土王碑(実物は中国吉林省に実在)を立てるなど「高句麗村」を造成している。まさに官民を挙げてのバックアップ体制であり、このドラマへの力の入れようが伝わってくるというものである。

日本でも放送が決定している『太王四神記』
では、なぜ、韓国では、このように高句麗ドラマが多数作られているのか?
答えは単純で、中国による「高句麗史『歪曲』」に対抗するためなのである。
高句麗論争とは?
中国と韓国のあいだで歴史認識論争が勃発したのは、2002年2月、中国政府が「東北工程」プロジェクトを発表したことにさかのぼる。
「東北工程」は、一九九六年、東北(旧満州)地域の歴史を研究するために中国社会科学院辺疆史地研究センターに設けられたのだが、それは、たんに歴史を研究するプロジェクトではなかった。その設立趣意にも「中国の統一と辺疆の安定」とあることから、少数民族の独立運動を抑え、領土の画定(拡大的)を主目的としていることが明らかである。
既知のように、中華人民共和国は、成立以来、現在の自国領土内に存在する五十六の諸民族をすべて「中華民族」とみなし、チベットやウイグル、モンゴルなどの少数民族の歴史をも「中国史」として編入してきた。
さらに、ソ連崩壊後の民族紛争を目の当たりにした中国当局は、延辺地方に住む朝鮮族の動向や北朝鮮の崩壊後の権益を見越して、中国東北部から北朝鮮にかけて存在した旧高句麗地域を、次の標的としたのである。
また、最近、中国の「新華社通信」が報じたところによれば、渤海湾で推定埋蔵量十億トンの大規模油田が発見されたとのことである。(『産経新聞』2007.5.20)こうした地下資源の探査を進める中で、この地域の領有問題が「東北工程」の重要テーマとなったことは想像にかたくない。
つまり、「東北工程」によって、高句麗や、その滅亡後に興った渤海国は、中国に臣属した一地方政権にすぎないという「研究成果」を発表し、当該地方は古代から中国の一部であったという歴史を創出するのがプロジェクトの使命なのである。
飲み込まれてゆく高句麗
かんたんに、この過程を振り返っておこう。
二〇〇二年、中国は「東北工程」研究成果の発表で「高句麗は中国の一地方政権であった」とし、韓国(朝鮮)人に衝撃を与えた。朝鮮民族にとって、高句麗は民族の祖であり、従来から、朝鮮の古代史を構成する「三国時代」の一国であったからである。
ついで翌年、中国は自国内(吉林省集安市)に存在する「高句麗遺跡」をユネスコの世界文化遺産に登録申請するや、中国政府(外交部)のホームページに見逃せない変化があらわれた。
それまで「韓国概況」の項に「西暦一世紀前後、韓半島一帯で新羅・百済・高句麗という三国が出現した」と記述されていたにもかかわらず、突然、高句麗が削除されたのである。(2004・7・9 朝鮮日報日本版)
韓国政府は、もちろんこれに抗議したものの、中国側がとった措置はというと、驚くべきことに、ホームページから、「大韓民国」成立(一九四八年)以前の歴史をすべて削除するという、問答無用の拒絶だった
。
韓国の与野党議員は「歴史の歪曲はまた別の形態の侵略であ」り、「中国が特別の目的で歴史を書き換えるなら、中国は日本の歴史教科書の歪曲を責める資格はない」と発言した(2006・9・7 中央日報日本版)が、中国はまったく意に介していない。
それどころか、高句麗史は、着々と中国史の一部に編入されていき、中国全域で使われている大学の歴史教材においても、扶余・高句麗は中国・漢代の東北地区の少数民族であり、高句麗の先祖は中国の昔の民族であると記されるようになってしまった(福建人民出版社刊『中国古代史』)。
  
吉林省では「高句麗文化旅行節」など、国を挙げたイベントが開催され、つぎつぎに既成事実が積み重ねられていくなかで、朝鮮民族にとっての聖なる山、白頭山も(中国側の呼び名である)長白山としてブランド化し、定着させられた。
つまり、中国は、朝鮮民族から聖地を奪ってしまったのである。朝鮮民族と聖地、白頭山を切り離す計略は、昨年九月、長春冬季アジア大会の聖火を長白山=白頭山の地で採集・点火するなど中国の一部とアピールすることですすめられており、来年をめどに中国はここをユネスコ世界自然遺産に登録することを目指している。
韓国の逆襲と中国の応酬
こうした中国の動きに対して、韓国政府は弱腰だった。
朝鮮日報は「中国には何も言えない廬大統領」とのタイトルで、「『厳しい外交戦争もありうる』といった数多くの対日批判とは実に対照的」に「廬大統領は二〇〇三年に中国を訪問した際、毛沢東主席を尊敬する人物としてあげ」るなど、公の場で中国の歴史歪曲である「東北工程」を一度も非難したことがない」と批判した。(2006・9・9日本版)
そこで、政府に代わって、民間が、高句麗史ドラマの濫造という動きに出たというわけなのだ。
すなわち、高句麗は、「中華帝国」から独立した朝鮮民族が立てた国家であり、その滅亡後に興った渤海国も、一貫して朝鮮民族の歴史であるという主張を怒濤のごとく流しはじめたのである
。
そうした民族的アイデンティティーを懸けたドラマであったからこそ、史上最高の視聴率を上げたというのも頷けよう。
しかし、これに中国が黙っているはずはなかった。
『朱蒙』は香港の亜洲電視が放映を始めていたが、これを見た中国の市民が「反中ドラマ」だとして、ネット上に激しい非難の声を集中させたのである
。
「韓国人らは自分たちを善良に、漢の人々は残酷に描写し、事実を意図的に歪曲している」
「中国の文化当局は何をしているのか。韓国が卑劣な意図でこのようなドラマを全世界に流しているのに…」
こうした抗議を受けて、亜洲電視では、『朱蒙』の中国語字幕の「漢」を「天朝」に、「国」を「部族」に変更するなど対策を講じた。(2007・2・5 朝鮮日報日本版)
さらに、中国共産党宣伝部は、冒頭で紹介した韓国ドラマ『太王四神記』に対し、デリケートな歴史問題である高句麗問題を本格的に扱っているという理由で報道統制令を下し、いっさいの報道を禁じたという。
他山の石とせよ
ざっと中韓間における歴史論争を概観してきたが、これを他人事と笑って済ますわけにゆかないだろう。
藤岡信勝本会代表が『正論』六月号で論じたように、現在、アメリカ下院で展開されている「慰安婦謝罪決議」なるものは、「日米離反を仕掛ける中国の罠」なのである。(「日米離反を仕掛ける『中国の罠』を打ち破れ」『正論』2007・6)
中国が、「歴史」を武器にして、次々と仕掛ける「歴史戦争」にわれわれはどう立ち向かうのか。韓国政府が弱腰であったのと同様に、日本政府もまた「河野談話」を取り消すことが出来ないでいる。韓国の必死な時代劇による反攻は、端からみれば滑稽にも思えるが、それすら出来ない日本人を前にすると、(少しだけではあるが)羨ましくもある。
歴史は、とりわけ「歴史学」は事実に近づくため、できるだけ客観的に史料に触れ、正当な評価を下せるよう努力するものだと、いまでも信じている。しかし、そのような近代的な学術的態度とは別に、歴史は古来、武器として使われてきたことも忘れてはならない。
そして、われわれ日本人をとりまく国々は、純粋な「学術的態度」など、あざ笑うかのように、国を挙げて歴史捏造と歪曲を行っているのだ。
だからといって、日本人が同じように歴史を歪曲する必要はひとつもない。
ただ、近隣諸国は、歴史を武器として使ってきているのだということを十分自覚すれば、相手が言ってくること(南京・慰安婦・強制連行…、あるいはその「証言」なるもの)は事実かどうかといった次元ではなく、それも彼らの武器のひとつなのだと冷静に受け止めることが出来るだろう。
さすれば、それらを真に受ける者というのは、拳銃をもった暴漢に対して、ただひれ伏す子供並みだと言われても仕方あるまい。
中韓の「歴史戦争」を鑑とすれば、少しは日本人も覚醒するのではないかと、密かに期待するものである。
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