「自虐国家」生む外務官僚の論理
-事実論争から撤退してはならない-

産経新聞「正論」欄・岡本行夫論文批判

藤岡信勝(自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授)
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本稿は、7月23日付け産経新聞「正論」欄掲載の岡本行夫氏「なんのための教科書修正か」の批判である。
岡本氏は、故堀米庸三氏の説であるとして、「歴史というものはばらばらの事実を年代順に並べることではなく、現在の人間が主観的な契機をもって過去の史料を取捨選択するものである」と書いている。当然の指摘だが、、そこから次の「歴史というものは主観の産物になる宿命にある」という一文を引き出すのは論理の飛躍である。
歴史は実証された事実を素材に組み立てるものであって、そこに歴史学の学問としての存立根拠がある。主観は事実によって正されなければならない。堀米氏も「主観」という語が誤解を生みやすいとして「わたくしどもの極めて警戒すべき歴史の主観的な解釈」を厳に戒めていた(『歴史をみる眼』)。岡本氏は堀米氏の話の半分だけを取ってきて拡大し、自説の根拠としているに過ぎない。
では、岡本氏は何を言いたいのか。慰安婦問題も「解釈者の主観」によって決まるというのである。そんなことはない。「慰安婦の境遇に同情している」からといって、慰安婦が性奴隷であったことになるわけではなく、慰安婦が売春婦であったという事実が変わるわけでもない。
岡本氏は私も含めた日本人有志が事実関係について反論する全面広告をワシントン・ポスト紙に出したことが米下院外交委員会で対日謝罪要求決議案が可決された原因であるかのように言う。これは韓国系のメディアが盛んに流した情報であるが、事実無根である。もっとグロテスクな文面の決議案がすでに昨年秋に同委員会で満場一致で可決されているのであり、今回は2名の反対者が出た分だけわずかながら認識は変化しているのである。
そもそも、米国人の慰安婦問題についての誤解は、@「性奴隷」という言葉、A元慰安婦の議会証言、B河野談話、の3つの要因によって固まってしまったのである。特に「性奴隷」という言葉が誤ったイメージを喚起した効果は大きい。しかし、産経の古森義久特派員がアメリカのテレビ番組で慰安婦が給料をもらっていたことを話すと司会者が驚いたというエピソードが示す通り、たわいのない誤解なのだ。事実関係で反論せず、逆に河野談話で政府が認めて謝罪したことの罪は計り知れない。事実に基づく反論はどこまでもやるべきだ。
では説得によってアメリカの政治指導者が慰安婦問題の自分の認識が誤解だったと認めるかと言えば、可能性は小さいだろう。ある関係者から、アマコスト以来の歴代駐日大使で、慰安婦問題について条理を尽くした説明を受けても納得した人は皆無である、と聞いた。これはアメリカの政治エリートの間で、日本を道徳的に非難するカードは絶対に手放さないという強固な意志が暗黙のうちに共有されていることを示唆する。それは言うまでもなく原爆投下に対する道徳的非難に対抗するためである。だからこそ、原爆投下を「しょうがない」と言ってしまった久間発言は、被爆者の感情だけでなく日本の長期的国益を損なうという点でも政治家の発言として最悪なのである。
岡本氏は沖縄戦集団自決について、一方で「軍による自決命令はなかった」とすることに異論はないと書きながら、他方で「軍命令による集団自決」の教科書記述を修正させた文科省の検定意見を批判する。支離滅裂である。すでに6月21日付け産経新聞正論欄で私見を述べたので詳述はしないが、援護法による遺族年金の支給を受けるため、旧日本軍を悪逆非道に描き、特定の軍人個人を極悪人に仕立て上げて無実の罪をなすりつけてきた虚偽と不正義を、四半世紀ぶりに教科書記述のレベルで正したのが文科省の検定意見であった。「修正しなければならないほど重大な過誤」ではなかったとして検定に反対する神経は理解を超えている。
南京事件について、「犠牲者を数万人とみる秦(郁彦)氏の著作が最も客観性がある」とするのも驚きだ。過去十年、南京事件の研究が目覚ましく進展したことを知らないらしい。秦氏の『南京事件』(中公新書)は二十年前の著書で、30万人説がまだ大手を振ってまかり通っていた時代だから新鮮さがあった。しかし、同書の冒頭で、欧米の記者の新聞記事や著書が中立的な第三者の観察として引用されているが、最近の研究で彼らは中国国民党に金で雇われたエージェントであるか、または別のスパイからニセの情報を得て記事を書いていたことがわかった。南京事件研究者は半世紀以上もの間、彼らに見事にだまされてきたのである。
事実関係が問題ではない、その議論が相手の感情を傷つけていると相手に受け取られることが問題だという岡本論は、被害者感情をタテにとり日本に無実の罪を着せて糾弾する内外の勢力への無限後退、無限屈服を勧める論理である。こうした論理こそが今日の日本の「自虐国家」「謝罪国家」の体たらくをもたらしたのである。(7月25日・記)
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