米紙ニューヨーク・タイムズ社説
「麻生太郎の復活」

比留間文彦
(英国国立ウェールズ大学大学院環境プログラム教授)


Editorial / The Return of Taro Aso
[ September 25, 2008 New York Times ]

Japan's new prime minister, Taro Aso, is well known ― and not fondly remembered ― by Japan's neighbors as a pugnacious nationalist. As foreign minister from 2005 to 2007, Mr. Aso soured relations with China and South Korea and raised tensions throughout the region, praising the achievements of prewar Japanese colonialism, justifying wartime atrocities and portraying China as a dangerous military threat. Now, the power brokers in the long-governing Liberal Democratic Party have made him Japan's fourth prime minister in just two years and rebranded Mr. Aso as a “pragmatist.”

Mr. Aso is expected to focus on stimulating Japan's stagnant economy. To successfully lead a 21st-century Japan, he will also need to swap nationalism for pragmatism when it comes to foreign relations.

Japan's future depends on cultivating stronger political and economic relations with China ― its largest trading partner ― South Korea and other rapidly advancing neighbors.

He has assured Washington that he will resist opposition efforts to shut down a Japanese naval refueling mission in the Indian Ocean ― Japan's risk-free demonstration of support for American and allied military efforts in Afghanistan.

What the United States most needs from Japan is a responsible strategic partner, not a government whose imperial reveries and symbolic muscle-flexing will provoke angry reactions across Asia.

Nationalism is enjoying a disturbing political revival because many Japanese fear that their country, once Asia's clear economic leader, is losing ground to booming neighbors. The answer for that doesn't lie in the nostalgic fantasies about Japan's ugly past for which Mr. Aso has become well known.

Instead, Japan needs to modernize its economy by completing the market reforms begun by Junichiro Koizumi, the former prime minister. And it needs to modernize its foreign policy by treating its neighbors as equals. If Mr. Aso can be pragmatic enough to adopt that agenda, he is likely to be a successful prime minister.

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社説:麻生太郎の復活 [ニューヨークタイムズ 2008年9月24日]  

日本の新しい首相、麻生太郎は、日本の近隣諸国によって、喧嘩っ早い民族 主義者としてよく知られており、好意的には記憶されてはいない。2005〜2007年の外相として、麻生氏は、戦前の日本の植民地主義の達成を称賛し、戦時中の虐殺を正当化し、中国を危険な軍事的脅威と描き出すことによって、中国や韓国との関係を難しくし、地域の緊張を高めた。  

今度、長く政権与党である自由民主党内の権力構造が彼を、この2
年で4人目の首班にした。そして、麻生氏を「実利主義者」として再ブランド化し、首相 に選出したのである。  

麻生氏は、日本の落ち込んだ経済を活気づけることに集中するよう期待されている。だから、21世紀を成功裏に導くためには、彼は、外交関係についてい えば、民族主義を実利主義に変更する必要に迫られるであろう。日本の将来 は、最大の貿易相手国である中国、韓国、その他急速に成長している近隣諸国 とさらに強い政治的経済的な関係を築くかどうかにかかっている。  

彼は、アメリカ政府に、インド洋における日本の海上自衛隊による燃料補給活動――アフガニスタンにおけるアメリカと同盟国の軍事作戦を支持する日本の姿勢を明確にした――を中止させようとする野党の努力に反対することを表 明した。 〔しかし〕アメリカが必要としているのは、責任ある戦略的パートナーであって、帝国の幻想をふりまいたり腕力を見せびらかしたりしてアジア諸国の激しい反発をまねくような政府ではない。  

日本において、民族主義は、不穏な政治的復活をとげようとしている。なぜならば、多くの日本人が、かつてはアジアの経済リーダーだった自分たちの国が、急成長する近隣諸国に対して、その地位を失いつつあることを恐れている結果である。  

日本に必要なことは、そんなことではなくて、小泉元首相が始めた市場改革を完成させることによって、その経済を現代化することだ。さらに、近隣諸国を対等の国としてあつかうことで、外交政策を現代化する必要がある。もし、麻生氏がこの課題をこなせるほど十分に実利主義者であるならば、彼は、首相として成功するかもしれない。

この記事は、ニューヨークタイムス(以下、NYTと略記)の本質をあらわにしたものといえよう。

そこで、まず、冷静に「民族主義」の定義から分析してみる。ただ、当該記事は、感情的であり「民族主義」の定義などは眼中になく、ひたすらに日本の新首相の非難・中傷が目的であろうが。

しかし、その様ななかからも分析を試みると、自閉的な・自己中心の外交姿勢を貫くとんでもないものを「民族主義」と定義しているようだ。しかし、麻生太郎首相のこれまでの(外務大臣就任以降)外交姿勢は、国益を考え発言し、行動を起しているものであり、一国の指導者としては、当然のことである。NYTの非難はまったくあたらない。

また、大東亜戦争以前の植民地支配に関する部分も的を射たものではない。私事ながら、現在、他大学大学院において、台湾・シナ・韓国出身の学生を対象に授業を展開している。ゼミ的授業形態のため、学生とのやりとりは活発である。その中で、台湾出身の学生(20歳代)は、日本の植民地支配に感謝している旨を度々発する・・・・このことは、祖父母・両親とも同じ思いとのことでもある。その時(台湾出身の学生の発言時)、シナ・韓国出身の学生は、その言に反発することなく、むしろ、中共政府や韓国政府の教育は変だ、との言まで飛び出す始末である。

これまで、近隣国家(特定アジアと称される中韓)からの、日本の植民地政策に関する苦言は、国民全体の思いというよりも、自身の政府の正当性をアピー ルする目的が中心なのではないだろうか。

このことは、日本にとっては反面教師である。ともかく、大切なことは、世界 に向けて声高に、日本の姿勢や歴史の正当性を明確に「大声を出して」発するべきであろう。

では、個々の文節を以下に見ていく。

まず、記事によると、麻生太郎首相は、「喧嘩っ早い民族主義者としてよく知られており」とある。麻生氏が「喧嘩っ早い民族主義者」? 私は、その様なことを聞いたことがない。もしかしたら、私は世間の中では、特異な立場・状況にいるのであろうか? と不安すら覚える。さらに「よく知られており」と続く。私は、周りの者に聞いたが、答えはNOである。しかし、ある一定の信条の持主には「喧嘩っ早い民族主義者」と映るかもしれない。だが、それは、「よく知られており」とは、程遠い。正にここからNYTに記事は、偏向しているのである。

また、「中国を危険な軍事的脅威」は、事実であり、もし、麻生首相が過去に今件に関して明確な発信をしているのであれば、評価すべきことである。これは、NYTも属する自由主義陣営にとっては、有意義な発言ではなかろうか。むしろ、中共の軍事力は脅威であると世界に発信することがNYTを始め報道機関の役割であることを肝に銘じるべきである。

さらに、「近隣諸国を対等の国としてあつかうこと」にも一言加えておく。その言は、シナに対して使うものであり、まだ、日本が植民地を持ってでもいるならば、聞く耳を持つ可能性があるとでも言えようか?ともかく、傍若無人な振る舞いをするシナに対してNYTは、毅然とした記事を掲載することが、メディアの役割であることを忘れるべきではない。

ともかく、NYT(大西哲光)は、きちんとした歴史認識を持ち、そして偏向した発言は中止すべきである。

※ 補記:この記事に対し、日本政府はニューヨーク総領事館を通じて同紙に反論。 9月25日の記事が出た直後に、外務省の兒玉和夫報道官が口頭および文書で反論していたが、10月4日になって、ようやく「投稿欄」に掲載された。外務省の兒玉報道官の名で出された文書には「麻生氏は日中関係を飛躍的に改善した戦略的互恵関係の構築を立案し、進展させた」こと、韓国との関係についても「建設的で未来志向の関係構築に務めた」と反論している。 また、国連総会に出席した麻生首相に対して、潘基文国連事務総長(元韓国外交通商相)が「麻生氏は日韓両国関係改善のための努力に感謝していた」ことも記している。

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