満州事変・支那事変で教えて貰いたいこと

杉本幹夫(自由主義史観研究会理事)
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春の授業研究会のテーマの一つは「満州事変から敗戦までをどう教えるか」であった。私は満州事変からの支那との戦いについて次の三点を是非教えて頂きたいと思う。
1.支那との戦いはテロとの戦いであった。
一昨年の九月一一日の貿易センタービルへの自爆テロを契機にアメリカはテロとの戦いを宣言し、アフガニスタンへ攻め込んだ。
イスラエルとパレスチナとの戦いもテロとの戦いである。弱者が強者に対し戦うにはテロしかない。日本と支那との戦いはまさにテロとの戦いであり、単なる征服欲による侵略とは異なる。
満州事変は関東軍の参謀・石原莞爾の謀略による柳条溝の満鉄線路爆破から始まった。しかしそこに至るまでの中村大尉殺害事件、万宝山事件と呼ばれる朝鮮人農民と支那人農民の衝突事件他、日本人に対する無数のテロ事件があったことを無視してはならない。
支那事変も僅か一発の蘆溝橋における発砲が何故あのような大事件になったか。それに先立つ無数のテロ事件と、これに続く通州事件、大山中尉殺害事件があったからである。特に通州事件では日本人一八〇人が極めて残虐な殺され方をした。日本が憤激するのは当然であった。
では何故そのようなテロが起きたか。日本は日清戦争・義和団事件・日露戦争・第一次世界大戦で次々と中国における権利を獲得した。一方中国はナショナリズムの高揚と、地方政府主導による反日プロパガンダで対抗した。特に反日教科書によるプロパガンダは効果を発揮した。当時の中国は戦国時代で、中央政府の威令は無きに等しかった。地方政府は日本が外交交渉で獲得した権利を無視し、権利の行使を認めなかった。更に国際共産党による画策が重なった。これでは日本が怒るのは当然であり、まさに現在のパレスチナ紛争と同じ、テロとの戦いだったのである。
2.マスコミの主張は素直に信じてはならない。
マスコミは「当時は言論の自由が無く、軍部の支配下にあった」とし、マスコミの責任を認めようとしない。しかし満州事変、支那事変とも政府及び軍部のトップの方針は戦線の不拡大であった。もしマスコミの主張通り、言論の自由がなかったら、マスコミの主張は不拡大でなければならない。しかしマスコミの論調は行け行けドンドンで、現地軍を煽ったのである。このマスコミの論調に勇気づけられ、現地軍は戦線を拡大したのである。
マスコミは歴史を歪曲せず、自己の責任を認めるべきである。
このような大衆迎合主義は、消費税問題でも発揮された。平成二年(一九八九年)竹下内閣は消費税を導入した。この時のマスコミの論調は消費税反対一色であった。その結果参議院選挙で自民党は惨敗したのである。しかし今日のマスコミの論調はどうだろうか。「将来的の税制として消費税の引き上げは、必要不可欠」というものではなかろうか。
3.スクイズのサインを無視し、ホームランを打った打者を誉めるか、叱るか。
満州事変で現地軍は中央の指示を無視して、ドンドン戦線を拡大した。その結果ソ連の反発もなく、予想外のスピードで全満州を支配下に納めた。
ここて問題となるのは、中央の指示を無視した関東軍幹部、特にこのシナリオを書いた石原莞爾を罰するべきか、誉めるべきかである。もし罰したら大変なことになったであろう。日本政府は無難な道を選び、現地軍幹部に褒賞を与えたのである。
運命は皮肉なもので、支那事変発生時、石原莞爾は参謀本部作戦課長として現地軍による戦線拡大を押さえようとした。しかし現地軍は「貴方のした事を真似ているだけだ」として、石原莞爾の指示に従わず、泥沼の中にはまりこんだ。
一九九〇年代幾つかの企業で、内規を破り投機に失敗して、会社の存亡を問われる事件が発生した。その責任者はすべて、その前のバブル期に会社の内規で定められた以上の投機で大成功し、栄進した人であった。
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