邪馬台国と卑弥呼は日本国史に非ず

三好 誠(自由主義史観研究会会員)

真理の探求は学生の本分である。よく聞かされた、慣用句のように口をついて出た。真理とはなんぞや。原理や公理は真理ではないか。しかし、どんな真理を探求すれば善いのか。敗戦の自失の中で古本を手当たりしだいに読み漁っていた。

『真相はかうだ』週一時間の放送番組を教室で聞かされた。一面の真理になるかもしれない。だが真理の全体像には遠く及ばない。なにしろ勝った側が勝ったことを強調して負けた側を罵っているのだから。聞かされるのも悔しいのだ。

我々のよって来たるところを学ぶのが国史なら、まず我々の先祖が語り伝えることを学ぶべきだ。先祖あってこそ今日の我々があるのだから。ほかならぬ子孫の目で先祖の功績を見極めなければならない。 他からの情報資料を参考にするのもよいが、父祖の教えを打ち捨てて相手の言い分を聞くのはおかしいし、筋違いなのだ。学者や行政は学生を導く責任がある。学生より遥かに深く真理を探究し、シビアでなければならない。第三者からの利害を露骨に反映した、こんな勝手な言い分を見抜く見識は、学識以前の良識の問題である。

外国文献といえばローマの雄弁家タキトウスの大著「ゲルマニア」は、事実を重視した科学的な文献だといわれるが、神の名はローマ風にメリクレウス・ヘラクレス・マルス・イシスと呼ばれている。ドイツ神話ではトイスコ・オーディン・マンヌス・エツダなどである。ローマ人のためにその言語で書かれたものだ。意味合いとは無関係だから、その点表音文字ほど深いこだわりはない。

学習指導要領には、有名な日本人の名として「卑弥呼」が載っている。これは二世紀の女王の名であるという。およそ名をつけるには、子であれ品物であれ会や企業であれ、祝福と期待の心を注いで慎重に思案を重ねて選ぶものだ。 地位の高いお方の称号は、崇め敬いほめ讃えて、尊い立派な名を贈るものだ。

他国から思い付きで勝手に呼ばれたとしても、それは当人が使っていない限り、その名を通用したとすることは出来ない。死後に贈った名なら別だが、魏志倭人伝にはその名で国書のやり取りがあったことになっている。卑弥呼と署名した返書が見つかるのか。馬鹿げた話である。尊いお方を卑弥呼と書いたりするものか。

人は零細な個人でも、常に自分は正当である、間違っていないと主張する。一寸の虫にも五分の魂という。そのプライドや言い分は尊重すべきである。余程確たる証拠を突きつけない限り、人を不正だ邪悪だと決めつけることなどは出来ない。普段から進んで自分の名に悪や邪をつける人はいない。不自由党、非民主党、反社会党などと人から言われて納得することはなかろう。それは自らを否定することになる。ましてや公的な名は大切である。

邪馬台国とは何か、馬に正邪があるのか、魏志倭人伝には日本には牛馬はいないと記されている。見たこともない馬を国の名に使って、おまけに「邪」を冠するのは、余程侮蔑した着想であることは明白ではないか。

文部省が採用したことでこの忌まわしい名詞は教科書や辞典、図鑑年表にも必ず載っている。見識を忘れた学者や教育者は、人に認められたさに卑弥呼や邪馬台国をとりあげる。 これは学問の邪道である。古今の民族と天下に恥じる大罪である。文部省が血迷ったおかげで追従者たちは後ろめたい思いもせず、世の指弾も免れて大きなネームバリューのお陰を被るのだ。そんなことでよいのか。

魏志倭人伝は、三国史時代の魏が、苛酷な使役を免れようとする人民の流失をふせぐため、日本に憧れないように日本のイメージを悪く書いたものだ。その意図を洞察しないで愚直に対応していては、編者陳寿の哄笑を買うばかりだ。

嘘にははじめからつく嘘と、真実の中に交えてつく嘘がある。この書はまことしやかに伝える中に混ぜ込んでタブラカす。壱岐、対馬の大官は卑狗、卑しい犬。中国では文字の持つ意味が重要なのだ。一番偉い役人でさえ卑狗なんだ、人民は余程浅ましい、みすぼらしいことだろうと思わせる。 副官はどこへ行っても卑奴母離。母親を知らない卑しい奴隷だ。当時の壱岐、対馬の人々がお役人様にこんな字を使っていたと信じる人はよもやいまい。もっとも庶民にまで漢字は普及していなかったかも知れないが、二百年も前に使節が漢へ行ったことが記され、いまや30カ国が通商していると書かれている。字を知らないはずがない。

志賀島の金印が本物なら、漢から和の奴国王に印を贈られた。壱岐より遥か離れた地方の国でも、そんな昔に既に文書保管が行われていたことになるではないか。

倭国で大乱が続いたとする説は、他の史書にもあるが、どうも来源はこの書だけらしい。他のルートを窺わせるものはない。 戦いの記憶と悲しみの記憶は、長く心を消え去らないものだ。なぜ日本には伝わっていないのか。およそ年を経る戦いなど日本にはないのだ。

戦いは人の心を荒ばせ、刺々しくし、物の欠乏は盗みをはびこらせ、身を売る女が現れる。風紀も道徳も乱れるのだ。しかし断片的に記述されている当時の国情は、女は淫らならず、盗みはなく、訴訟は少ない。礼儀正しいし、長寿である、建物は立派で官吏は統率よく、国民は租税を収め秩序ある様子だ。 新しい民間出身の女王が、短時日でそれを達成できるだろうか。元から穏やかに落ち着いていたのだ。日本には大乱の痕跡は全くない。戦乱の魏で日本に架空の大乱でも創作しなければ、人々は平和な日本を理想郷と思うだろう。

この倭人伝は日本の役人の知らないところで書いたものに過ぎず、日本人に見せたら大変なことになる代物だったに違いない。 時代を経て、この著作が我が国に伝わっても、一部の好事家が関心を寄せるだけで、冷静に客観的な受けとめ方をされていた。口から出任せのような国名、やたらに奴の字や鬼の字が出てきたり、華奴蘇奴国などは「へどもど」「あたふた」「うろちょろ」のたぐいのことばではないか。今や生徒はこれを正しく書けなければ正解を得られない。

十日も二十日もの道のりの途中に国がなかったり、血筋も家柄もない平民から女王を選んだり、その女王がこともあろうに鬼術で民衆を惑わせるとするなど、後宮に千人の女官だなどと可笑しくさえないお粗末な内容なのだ。

一々あげれば切りがない。これほど極端に偏向していては真理の探求どころではない。皇国史観はけしからんし、唯物史観も限界だ。階級闘争史観も国によりけりである。教条なんか糞くらえだ。自由に客観的に常識的に物事を見るには、過去の経緯を捨てて大らかに虚心に見直すことだ。

しかし歴史は日本人として見ることだけは忘れてはならない。これは思想を枠にはめるものではない。節度であり筋道であり、人道なのだ。 幸いにして考古学の分野では各地で目覚ましい新発見が加速度的に進んでいる。それも大幅に時代をさかのぼって高度の文化が詳らかになり、古代史に大きな進歩が見られる。おそらく精神文化もこれに伴ったに違いない。何れも「邪馬台国」にはつながらない。

これをマスコミは無理やり魏志倭人伝に結びつけようとするが、その軽薄は恥の上塗りである。この際原書をしっかりと読み通して、これが日本国史にとっていかに異質なものであるか、日本を揶揄した無責任なものであるかを認識して、これを禁句にし、教科書より剔抉するよう声を挙げていただきたい。

筆者は国書刊行会から「まぼろしのヤマタイこく」を出して東西の古典と比較し、高木書房の「どこまでわかるヤマタイコク」では正統の日本神話と対比して日本神話がいかに傑出して気高いものであるかを詳述した。冊子「魏志倭人伝をぶった斬る」で、編者陳寿を指弾してこれに一矢を報い、貧者の一灯としている。 願わくは江湖の教職員、歴史学徒の諸先生方、報道関係のかたがた、どうかご理解あって目的完遂までご支援ください、心よりお願いします

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