作問の原則を逸脱したセンター入試問題

藤岡信勝(自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授)
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私はこの度、大学入試センター試験とその前身にあたる共通一次学力試験をふくむ、二十五年間の「日本史」と「世界史」の全問題を入手し、偏向問題の調査を行った。その結果、いくつかの重要な事実を発見したので、この紙面を借りて、概略を報告したい。
〈1〉「強制連行」出題は過去にも何と六回にもわたってなされていた。今年度の世界史は、七回目である。時間的順序にそって一覧表にすれば、次のようになる。
1.一九九〇年度日本史
2.九三年度世界史本試験
3.九五年度日本史本試験
4.九七年度日本史B追試験
5.〇〇年度日本史B本試験
6.〇三年度日本史B追試験
7.〇四年度世界史AB共通本試験
インターネットで、ある受験生が、「強制連行」は二、三年おきに出題 されているが、これは毎年受験生が試験の準備のため「強制連行」を史実として覚えるように出題者が工夫しているためだと指摘していた。なるほど、右の表を見ると、「強制連行」は規則的に、二、三年おきに出題されていることがわかる。出題者の意図は明白である。
〈2〉戦前・戦中の日本を悪逆非道な国家であったというイメージを受験生に注入するための試験問題作成の手口が明らかになった。一九九七年度日本史B追試験では、「・・・太平洋戦争下に実施された動員について述べた文として誤っているものを、次の1〜4のうちから一つ選べ」として、次の四つの選択肢が示される。
1.植民地では台湾人に対して徴兵制を実施し、朝鮮人に対しては実施しなかった。
2.日本国内の労働力不足を補うため朝鮮人・中国人を強制連行し労働させた。
3.朝鮮人女性のなかには、従軍慰安婦として戦地に送られた人も少なくなかった。
4.タイ・ビルマ間の軍用鉄道建設で連合軍捕虜・アジア人労務者を酷使した。
この問題の正解は@である。しかし、論証は省略するが、実は他の選択肢の2、3、4とも、誤りといってもよい文なのである。日本糾弾のネタをたくさん命題として準備しておき、それらを陳列して、そのなかに明白に事実に反し誤りといえる選択肢を一つだけ配置しておく。こうして、結果的に、くだんの糾弾文を受験生が正しい命題として覚え込まなければ試験に合格しないように仕向けている。
〈3〉センター試験は日本共産党の史観を強要する道具となっている。九九年度日本史B本試験の第1問は、次の文章で始まっている。
「私たちの歴史をふり返ると、そこには様々な抑圧と、抑圧からの解放を求める人々の抵抗の跡が刻み込まれている」。この「抑圧と解放」史観強要問題の最後には、「・・・抑圧からの解放の運動は、一九四五年の敗戦を経て、様々な形で実を結んだ。日本を占領した連合国軍の最高司令官マッカーサーが発した『五大改革の指令』もその一つといえる」としたうえで、「五大改革の指令」に含まれていないものを一つだけ選ばせるという設問がある。
正答は「天皇制の否定」である。つまり、マッカーサーは五大改革の指令によって日本国民を抑圧から解放したが、ただ一つ、やり残したことが「天皇制の否定」だというのである。今日、「天皇制の否定」を政治綱領として掲げているのは、日本の政党の中では日本共産党だけである。センター試験は、日本共産党の綱領に基づく歴史観を注入する場となっているのである。
〈4〉センター試験は、試験問題作成の原則を逸脱している。歴史には歴史的事実(史実)の部分と史実に対する歴史解釈の部分が含まれる。歴史の試験に出題して問うことが出来るのは、史実の部分に限られる。これを破れば、試験は特定のイデオロギーや学説を受験生に押しつける思想教育の場、洗脳の場となってしまう。
一九九五年度日本史の第1問には、「天皇親政を唱える皇道派の青年将校らのクーデターにより、高橋是清・斎藤実らが暗殺され、政治のファシズム化が進んだ」という文を正解として選ばせる問題が出題されている。この一文に含まれる要素のうち、「天皇親政を唱える皇道派の青年将校らのクーデターにより、高橋是清・斎藤実らが暗殺され」たのは、誰もが正誤を確かめることのできる史実だが、それによって「政治のファシズム化が進んだ」というのは、出題者の歴史解釈に過ぎない。この解釈は、一九七〇年代に東大の伊藤隆教授の研究により、理論的にも完全に否定され、今日では口にする者は誰もいないのが現状である。
〈5〉今回の調査の結果明らかになったことのうち、特筆すべきことは、実施主体が同じで連続性があると考えられた共通一次試験とセンター試験は、偏向問題という視点から見ると明白に断絶があり、共通一次試験問題には、取り立てて問題とすべき設問が見つからないという事実である。共通一次試験はおおむね健全だったと言える。それは右にのべた歴史の試験問題作成の原則を、共通一次試験はほぼ守っていたからだ。共通一次とセンター入試との違いはどこから生まれたのだろうか。
十四年前の切り替えの当時、盛んに流された教育言説が二つあった。その一つは、歴史の試験は記憶力を試すだけではなく歴史の流れを学ばせるものでなければならず、試験問題もそういう力を測るようにしなければならないという主張である。もう一つは、従来の歴史教育は、近現代史に充てる時間が少なく、この時代を軽視していたから、もっと近現代史を重視すべきだという議論である。どちらもそれ自体として間違ってはいないように聞こえるが、実はこれこそがクセモノであった。この二つが結びつくことで、特定の思想をもった出題者集団が、センター入試を自らのイデオロギーを受験生に注入する回路を発見したのである。
センター試験は、その出題の原則を初心に返って見直すべきである。そして、暗記力を試す試験は劣っているという世間の俗論に惑わされることなく、少なくとも共通一次試験のレベルにまで正常化させるべきである。
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