ドキュメント8.26
都教委が「新しい歴史教科書」を採択した日

藤岡信勝(自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授)
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都教委が扶桑社を採択
東京都教育委員会は、八月二十六日午前に開いた定例会で、平成十七年度に開校する都立中高一貫六年生学校(都立白鴎高校を母体に台東区に設置、学年定員一六〇名)の中学校用教科書の採択を行い、社会科歴史的分野の教科書として、扶桑社の『新しい歴史教科書』を選んだ。
都教委は、三年前に都立養護学校の一部ですでに扶桑社の歴史教科書を採択している。その際の記者会見で横山教育長は、「扶桑社教科書の内容のどこがいいのか」という質問に答えて、「学習指導要領の目標をもっとも踏まえて編さんされているという判断だ」と述べ、「どういう点でもっとも踏まえているのか」という問いには、「歴史上の人物を多く取り上げ、その時代や地域に果たしてきた役割を理解させる工夫がなされている。わが国の歴史に対する愛情深めることに重点を置く構成になっていると判断した」と回答した。
今年行われた新設中高一貫校の教科書採択は、三年前の教科書採択の延長上にあるといえる。対象となる八社の教科書は変わらず、採択の主体となる教育委員の顔ぶれも、次のように脚本家の内舘牧子氏が新任であるほかは、残りの五人は三年前の採択時と同一のメンバーである。
▽〈教育委員長〉清水 司(東京家政大学理事長)、▽〈教育長〉横山洋吉、▽〈教育委員〉国分正明(元文部事務次官)、鳥海 巌(元丸紅会長)、米長邦雄(永世棋聖)、内舘牧子(脚本家)
こうした状況から判断すれば、よほどのことがない限り、今回も都教委は扶桑社を採択するのが順当であると考えられた。
だからこそ、反対派は扶桑社採択の危険があるとして採択反対の署名運動を始めたわけだが、その反対運動は盛り上がらず、最終の署名数は二万八千にとどまった。二年前の愛媛県の時は三万二千の署名を集めたのに、人口が密集する首都圏でその数を下回った。ちなみに、愛媛では地元の発意で私たちも対抗して署名運動を展開し、四十一万の署名を集めた。
今回の都教委の扶桑社採択反対の署名の実態は、教員組合から職場に回ってきた署名簿に何も考えずに署名するだけで、付和雷同の典型であった。都教委の採択直後に「つくる会」が出したチラシにも書かれているが、署名を誘われたある女性が「教科書を読んでいないので」とお断りし、「あなたはお読みになりましたか」とたずねたところ、誘った方も読んでいないということがわかったという。
公開された会議
八月二十六日の教育委員会の定例会議について都教委は、早くから公開することを決めていた。傍聴者の定員は二十名。反対派が大挙して押しかけ混乱することも予想されたので、「つくる会」東京支部の人たちを中心に傍聴の座席を確保するために早朝から都庁にかけつけることになった。当日の朝九時に松本謙一支部長から電話があり、東京支部の人たちが五十人集まって下さったという。
その後、抽選の結果、そのうちの五人が傍聴のくじ引きに当たり、会場内に入った。反対派は十五人で、「子どもと教科書ネット21」の俵義文率いるグループが十人、それとは別のグループが五人という構成だった。しかし、この数は都庁に集まった人の数に比例しているわけではなく、反対派は抽選にもれた人がまた後ろにならんでくじを引くという具合で獲得した座席らしい。どこまでも厚顔、卑劣な人たちだ。
会議は午前十時に始まり、まず、各教科・種目別に教科書会社名を列記した一覧表を教育委員に配布し、採択しようとする教科書会社に○をつけてもらった。六人の教育委員は、すでに選定資料なども参考にしつつ教科書を読み、各自どれを選ぶかを胸のうちで決めていた。これを事務局が回収し、教育委員の氏名は明かさないものの個人別に選択結果を一覧表にまとめ、配布した。全員が同一の教科書を選んでいる教科・種目もあったが、多くは判断が分かれた。社会科歴史的分野については、五人が扶桑社を選び、一人が帝国書院を選択した。この集計・配布作業に二十分ほど費やした。
協議は議長役の清水教育委員長が司会をして進め、教科・種目別に意見分布を確認し、意見を出し合い、最終的には多数の教育委員が選択した教科書を採択すべき教科書として決定していった。協議では拉致問題の扱いと神話の扱いについて二、三の発言があり、特に米長邦雄委員が「三年前に都教委が、健常者であればこの教科書が一番いい教科書だと見解を出した」ことに言及したのは、今回の審議の性格をよく物語っていたといえる。
私は、午前十時すぎに「つくる会」本部におもむき、事務所で待機した。一番最初に事務所に電話をかけてきたのは朝日新聞の記者で、十時五十分ころだった。その後、各社の記者が続々と「つくる会」の声明を求めて電話をかけてきた。夕刊に間に合わせたいからだという。会では当日の朝までに採択を想定した声明を準備していた。新聞記者もおそらく予定原稿を書いてしまっているのだろう。教育委員会の会議で正式に決まった瞬間に、記者たちの一部が一斉に退席し、デスクへの報告と取材に走ったのだ。
反対の99%は同じ文言
しかし、一般の傍聴者は退席できない状況にあったようだ。「つくる会」事務所に傍聴者からの連絡が入ったのは十二時を回っていた。その報告の中で、一人の教育委員が「採択反対の手紙は九十九パーセント同じだ。反対理由は『戦争を賛美している』というものだが、この人たちは教科書を読んでいない」と発言したことがわかった。私はこれを民主党都議の土屋たかゆき氏に電話で伝えた。土屋氏は、直ちに都庁詰めの産経新聞の記者に会い、この発言をぜひ取り上げて報道してもらいたいと要望した。土屋氏の行動の結果かどうかはともかく、翌日の産経新聞は、一面で基本的な事実を伝え、二面で次のような見出しの記事を掲載した。
▽「反対意見99%同じ文言」/「つくる会」教科書採択/都教委から疑問の声
さらに、東京都内版では、各教育委員の発言の詳報が掲載されている。発言したのは元文部事務次官の国分正明委員で、その内容は次のとおりである。
「私のところにも多くの要請だか抗議だかわかりませんが、多くのはがきが来ていますが、99%同じ文言。その中で『戦争を賛美し、戦争への道を開く』という表現がありますが、この人たちは教科書を読んでいるのだろうかと」
「扶桑社の教科書のなかで、例えば日中戦争をかなり批判的に書いていますし、コラムで見開きで戦争の悲惨さを強く訴えていて、なんでこの教科書が戦争へ導く教科書であるのか、よくわからない」 他紙もさすがにこの国分委員の発言を全く無視することはできなかった。朝日は、次のように書いた。
「議論は計5分あまりで終わった。その締めくくりに、元文部事務次官の国分正明氏は、『戦争を賛美し、戦争への道をひらく教科書だという人がいるが、その人たちはこの教科書を読んでいるのだろうか』と言った。」
しかし、ここでは、反対派のハガキの「99%同じ文言」という肝心の部分が省かれている。
朝日と共同だけが遊軍記者を配置して特別の取材体制をとったが、今回、朝日以上に扶桑社たたきの露骨な報道を行ったのは共同通信だった。 「扶桑社版は『戦争賛美』『国粋主義的』との指摘があり、中国や韓国が『歴史を歪曲している』と反発、外交問題になった。」
これが、二十六日に共同が配信した記事である。デタラメなレッテル貼りの記事である。なお、私は、雑誌『正論』の十一月号で、この共同通信の報道を分析・批判する文章を書いたので、参照いただければ幸いである。
この日は、午後四時過ぎから桜チャンネルの報道番組に出演し、都教委の採択についてホットな話をした。さらにその後、文京シビックセンターで、「つくる会」主催の連続講座「歴史教科書十の争点」のコーディネーター役で出演。この日の講師は平間洋一先生で、テーマは日露戦争。会場はいつもより一杯だった。終了後、平間先生を交え、東京支部の人たちとビールで乾杯して東京の勝利を祝した。長い一日だった。
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