朝日「番組改変」報道の「一石四鳥」とその帰結

藤岡信勝(自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授)
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一月十二日の朝日新聞は、四年前のNHKの番組に二人の政治家が圧力をかけて番組が改変されたと報じた。これは朝日の解説によれば、「検閲に近い事態」だそうである。私は、雑誌『正論』の三月号に「朝日新聞・問題報道の技法研究」という文章を書いた。以下は、その続編としてお読みいただきたい。
まず、一月十二日の朝日新聞の記事がいかなる思惑と意図のもとに掲載されたのかを検討したい。それは一つの記事でいくつもの狙いを達成する、複合的な意図をもって書かれた記事であった。一石二鳥どころか一石四鳥の記事だったのである。その石が撃ち落とすはずであったターゲットととしての鳥は何だったかを、以下、順番に説明する。
《第一の鳥=北朝鮮拉致問題の中心に立つ安倍・中川議員の失脚》
安倍晋三、中川昭一の両議員は、国民的な世論の盛り上がりを背景に、今まさに秒読み段階に達した対北朝鮮経済制裁を推進する中心人物である。安倍氏は自民党幹事長代理として、自民党の対北制裁プロジェクト・チームの責任者である。中川昭一氏は、経済産業大臣として、経済制裁が実施されれば担当大臣となる。両氏は、拉致議連の中心メンバーとして、一貫して拉致家族の立場に立ち、拉致被害者の救出のために活動してきた。この二人の有力な政治家を失脚させることが、最も大きな獲物だったことは疑いない。
その傍証として、二つの事実を挙げておきたい。一つは、二〇〇一年一月三十日のNHK教育テレビの特集番組が放送される以前に、NHKの幹部が説明に訪れたのは、安倍・中川の両氏のみではなかったということだ。NHKの幹部は、自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」のメンバー数人にも説明に訪れていた。その中から安倍・中川両氏を狙い撃ちしたのである。一月十九日、そのグループは見解をまとめ、安倍・中川の「両氏だけが問題になったことに陰湿な政治的意図を感じる」とした。
もう一つの傍証は、北朝鮮が直ちに朝日報道に呼応して論評していることだ。また、北朝鮮系の在日団体であり日本人拉致の下働きをした朝鮮総連は、傘下の地方本部や支部に対し、二人の議員への抗議活動をノルマを課して指令していた。そのため、両議員の事務所には抗議電話、ファックス、はがきが殺到し、日常業務に支障がでるほどになった。(一月二十九日付け産経新聞)
朝日はこの期に及んでも、朝鮮を日本の上に置く「朝日(ちょうにち)新聞」とよぶべき性格を改めていない。
《第二の鳥=窮地に立つNHK海老沢体制の打倒》
朝日新聞はNHKのプロデューサーが億単位の金を不正に使用していたスキャンダルがあきらかになると、「日本放蕩協会」なる見出しまで掲げた社説で揶揄・糾弾した。もちろん、公共放送たるNHKのこのような不祥事は絶対に許されるべきことではないから、朝日の批判は世論の方向と合致していた。一月十二日の記事は、その朝日によるNHK批判キャンペーンの延長上にある。
しかし、この記事は、単にNHKの不祥事を糾弾し、それを正させるという意図にのみ基づくものではない。秘められた意図は、「エビジョンイル」こと海老沢勝二会長の独裁的体制に対する世間の風当たりが強いことに便乗し、「女性国際戦犯法廷」をまるごと公共の電波に乗せようとしたプロデューサーなどが、幹部の掣肘を一切受けずにやりたい放題の偏向番組をつくることができるような体制をNHKの中につくりだすことであった。
朝日スクープの翌日、「4年間悩んできた」あげく、「涙の記者会見」を行った今回の立役者の一人であるNHKの長井暁(さとる)チーフ・プロデューサーは、「制作現場への政治介入を許した海老沢会長や役員、幹部の責任は重大です」と訴えた。組織の一員が記者会見を開いてトップを公然と批判するなど、通常では許されない行為である。しかし、NHK全体が窮地に陥り、昨年九月からは、「コンプライアンス(法令順守)通報制度」という名の内部告発制度が導入された。その制度を活用し、公然と会長を批判しても首を切られないという世論状況を見澄まして告発者として実名会見を敢行したのである。長井氏の発言は、今回の告発の狙いを誠に正直に吐露している。
《第三の鳥=慰安婦問題の復権による『新しい歴史教科書』つぶし》
三羽目の鳥は、慰安婦問題を復権させることによって、今年採択が行われる『新しい歴史教科書』(扶桑社)をつぶすことだ。ここで「復権」と書いたのは、慰安婦問題なるものは一九九七年の時点で一度終わっているからである。
もともと、この問題は一九九一年に朝日が「従軍慰安婦の強制連行」問題としてキャンペーンを張ったのが起こりだが、その後の学者などの調査で、一九九二年中に事実無根であることが判明し、一九九六年、中学校の全社の歴史教科書に掲載されることが判明してから、再び強制連行の有無をめぐって大論争となり、朝日・産経論争などメディア間の論争も経て、産経の勝利、朝日の敗北に終わった経過がある。論争としてはすでに過去の問題なのだ。
これを再び蒸し返す動きは、昨年の末から始まっていた。十二月四日、全国十カ所で一斉に元慰安婦の証言集会が開かれた。その前日には、フィリピンと韓国の自称元慰安婦が民主党の議員の仲介で細田官房長官に面会し、「これは父親の世代の罪。心から反省し、おわびする」と言わせている。この記事を掲載したのは朝日のみであった。
今回の騒動のもう一人の主役は、「女性国際戦犯法廷」を主催した「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(バウネットジャパン)である。その共同代表である西野瑠美子氏は、日本共産党の機関誌『前衛』二月号に、「なぜ、『慰安婦』問題を記憶するのか」という題の論文を書き、二月に開かれる国際会議の予告をしている。この論文の執筆時点は昨年の十二月であろう。ここから推測すると、昨年の秋口くらいに左翼勢力内部の方向が固まり、昨年の十二月には、慰安婦問題を蒸し返す戦略が出来上がっていたことになる。朝日新聞はこの動きに積極的に肩入れしていたのである。
思い出してみると、一九九一ー二年のころは、慰安婦問題について朝日は無人の野を行くがごとく、追随メディアを引き連れて、国民を完璧に洗脳することに成功していた。その成功体験が忘れられないのである。二度目の採択戦が行われる今年、『新しい歴史教科書』つぶしのネタとして、もう一度慰安婦問題を持ち出すことにしたのは、あまりにも芸がないともいえるが、他にこれといって有力な攻め道具も見つからない。朝日が敗北してから、もう十年近く経つから、当時のことを全く知らない人や忘れてしまった人もいるに違いない。こう考えて、昔の古い歌をうたうことにしたのだろう。また、この問題なら、すでに出来あがっている人脈でまたぞろ、元慰安婦のばあさんたちを連れてこれるという事情もあったかも知れない。
《第四の鳥=NHKを訴えた裁判の控訴審の審理延長》
四番目の鳥は少し小ぶりで人目につきにくい。しかし、当事者にとっては、おそらく重大である。
バウネットジャパンは、取材に協力したのに、放映された番組が期待したものとは違う内容に変更されたのは不当であるとして、NHKと、その下請けの制作会社であるNHKエンタープライズ、それにドキュメンタリージャパンの三社に損害賠償を求める訴訟を起こしていた。昨年の三月二十四日に言い渡された東京地裁の判決では、直接取材したドキュメンタリージャパンについてのみ、取材対象者の「期待権」を裏切ったという変な理屈で百万円の損害賠償を認めたものの、その他については訴えを棄却する判決を下した。
バウネットジャパンは東京高裁に控訴し、その控訴審の審理が一月十七日に終了することになっていた。おそらくバウネットジャパン側に勝ち目はなかったのであろう。しかし、もし、新しい事実が出てくれば、NHKに勝訴する目もあるかも知れないとバウネットジャパンは期待した。そこへ、NHKの長井氏が、NHKの混乱をチャンスとして実名告発してよいと言い出した。そこで、この控訴審の審理を結審させずに引き延ばすために、朝日のスクープを利用しようと考えたのであろう。
この事は何故スクープ記事の掲載が一月一二日でなければならなかったのか、例えばその一週間後では駄目だったのかを説明する。四年前のことだから、もっと準備して、しかり裏をとってから書けばあんなに簡単にボロが出なかったのにと他人事ながら思われるのだが、どうしてもこの日にしたかったのは、右のように控訴審の日程に制約されたからではないかと考えられる。恐らく仲間内の問題意識としては、これが最も直接的な関心事だったのかも知れない。
朝日報道は何羽撃ち落としたのか
今度はスクープ記事の成果の確認である。記事は右の四つのターゲットの内、何羽撃ち落とすのに成功したのであろうか。以下それを順次検証しよう。
〈1〉まず「安部・中川」という巨鳥はあえなく取り逃がしたばかりか、朝日はかえって深手を負ってしまった。両氏は公然と朝日に反論し、逆襲したからである。
まず中川氏はNHKの幹部が面会したのが放送終了後の二月二日だったから番組改変の圧力をかけようがない。次に安部氏は、長井氏の告発会見の直後から堂々とテレビ番組に出演し、一月二九日にNHKの幹部に会ったが、呼びつけたのではなくNHK側から面会を求めてきたこと、「公正、公平にやって下さい」とのべただけで、中止を求めたり番組の内容に介入したりしたことはないこと、などを主張し、もしこれ以外にNHK幹部に圧力をかけたというなら、いつ、どこで、誰に、どういう圧力をかけたのか証明してほしいこと、それが出来ないなら謝罪してほしいこと、などを述べた。安倍氏はその後も、何度もテレビに出演して、繰り返し告発者側に証明を求めた。
しかし、朝日も長井氏も、その後全くこれに納得のできる回答を与えていないし、テレビにも出てこない。普通は、「逃げる政治家、追うマスコミ」というパタンが当たり前なのに、今回は「逃げるマスコミ、追う政治家」という逆転した構図になっている。
〈2〉次に、第二のターゲットであるNHKは、一月十九日になって、逆襲に転じた。松尾武・元放送総局長が記者会見を行い、朝日スクープで「圧力を感じた」と語ったことにされている「NHK幹部」とは自分のことであると名乗り出て、実際はそういう発言を朝日記者の取材に対して行っていないことをカメラの前で力を込めて明言した。そして、朝日の記事には発言と逆の事が書いてあり、「姑息で卑怯」な記事であるとして正面から反論した。
さらにNHKは朝日に対し一八項目の質問状を突きつけ、回答を要求した。朝日はこれに対しても、テープのあるなしを含む明確な回答をすることが出来ず、反対にNHKに対し、て「誤報」呼ばわりは朝日新聞の名誉を傷つけたとして、提訴をほのめかし、司法の場に逃げ込む姿勢を見せている。
〈3〉第3のターゲットである『新しい歴史教科書』を狙って行われたと考えられる慰安婦問題の復権には、朝日は及び腰になってしまった。NHKの改変以前の番組内容は「強姦と性奴隷制の罪で昭和天皇を有罪にする」という判決を下した、めちゃくちゃなものである。その事が明るみに出ると「朝日はそれを支持しなければならなくなる。これはひょっとしたら世論の動向によって朝日にとっては致命傷にもなりかねない
そこで1月18日付の検証記事で、朝日新聞東京本社社会部長の横井正彦氏は、「この民衆法廷の性格や番組の内容については、当時から議論があり、両氏に限らず多くの批判があった」と認めつつ、「しかしこういう点は今回の報道とは全く別次元の問題だ」と逃げてしまった。つまり、朝日はバウネットジャパンと心中するつもりはさらさらない、ということだ。
そのことがよくわかったのは、二月五日に東大経済学部で行われた、今回の問題に関するバウネット主催の集会だ。この集会は実に四時間にわたっておこなわれたのだが、朝日は、その最後の数分に、東大の教授が呼び掛けたNHK受信料拒否運動の提案だけを報道した。NHKたたきだけは安全だからやるけれど、慰安婦問題に入り込むキャンぺーンには乗らないということだ。事態が意外な展開をみせたので、事実上の方針変更を行ったとも考えられる。
〈4〉最後の、東京高裁の控訴審の審理引き延ばしだけは、ものの見事に成功した。一月十七日、東京高裁は、新しい事態が生じたことを理由に審理を延長することを決定した。この小さい鳥だけは確実に撃ち落としたのである。
朝日は90年代の慰安婦報道を訂正し謝罪せよ
今、一番重要なことは、慰安婦問題なるものが、そもそも1990年代に朝日新聞がでっち上げた虚構の問題であることを改めて広く知らしめ、朝日に明確な訂正と謝罪をさせることだ。
朝日が慰安婦問題に慎重なのは、過去に二回、敗北しているからだ。1度目は1991年8月に金学順という元慰安婦が名乗り出て、暮れに裁判を提起し、翌年1月宮沢首相が韓国に行って6回も謝罪を繰り返した、あの時期である。ここまで朝日も得意の絶頂だったが、同年3月から月刊誌で専門家による反撃が始まり、朝日が宣伝した強制連行説は根底から崩壊してしまった。
2回目は1996年6月に、中学校のすべての歴史教科書に「従軍慰安婦の強制連行」説が書き込まれた時から始まる。これに対する国民の怒りが爆発して、「新しい歴史教科書をつくる会」が誕生し、その後の「朝日ー産経論争」で朝日新聞は完膚無きまでに敗北してしまった。1997年3月31日朝日は敗北総括記事を書いて、その後は慰安婦問題で大きなキャンペーンを張ることが出来なくなっていた。
昨年暮れから始まった3回目の挑戦は思わぬ事態の展開で、朝日にとって上手く進んでいない。しかし朝日は明確な訂正をしていないため、朝日真理教とも言うべき視野狭窄症の人々は、未だに慰安婦強制連行説を信じている。
そこで自由主義史観研究会ではこの度「歴史と教育シリーズ」の第2弾として「朝日新聞が捏造した『慰安婦問題』」と題するパンフレット(定価二〇〇円〉を作成した。執筆したのは、一般会員の阿部晃氏である。一九九七年三月までの朝日「慰安婦」報道の展開と挫折を、新聞の切り抜き付きで解説している。ぜひご活用いただきたい。
歴史論争最前線の目次
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