検定結果公表直前の動きをどう読むか

四年間の変化と「逆スパイラル」現象の兆候

藤岡信勝(自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授)

白表紙本コピーの無断配布は言論テロ

中学校の教科書検定結果の発表を目前にして、韓国でまたぞろ反日騒動が演出されている。発信源は日本である。

扶桑社の『新しい歴史教科書』を潰すことを職業的役割としている高嶋伸欣と上杉聡は、三月十一日、衆議院議員会館で「記者会見」なるものを行い、扶桑社の白表紙本が関西などの教育委員会関係者に流出していると称して、これを文科省にご注進したと発表した。しかし、その教育委員会関係者の所属と氏名を明らかにしておらず、事実関係は何ら証明されていない。彼らが扶桑社の倉庫や印刷所から盗んだのかもしれない。スパイを使って入手したのかも知れない。いずれにせよ、これはうわさ話程度のことで、報道としてまともに取り上げる価値のない話である。

ところが、彼らが取ったその場の行動が実はもっと問題であり、「記者会見」の狙いもそこにあったことがハッキリする。高嶋らは扶桑社の歴史と公民の教科書の白表紙本を全文コピーし、記者に配布したのだ。そればかりではない。今後、希望があれば誰に対しても、研究資料として渡すと宣言したのだ。

白表紙本が流出したことが問題だとして非難しておきながら、自ら流出をかって出るという卑劣な二枚舌。それを正当化する屁理屈として、自分たちは本来は検定期間中から白表紙本を公表すべきだと主張していたのだという。つまり、検定期間中に堂々と外国から検定に圧力をかけさせられるような制度が理想だというわけだ。

高嶋らの言動の矛盾をつく記者はいなかったらしい。「あなた方は扶桑社の白表紙本の流出をとがめているが、他社の白表紙本の流出については調べたのか」と質問した記者もいなかったようだ。そう質問していたら、あたかも白表紙本の流出を問題にしているような体裁をとりながら、実は扶桑社つぶしを唯一の目的とした行動であることがハッキリしただろう。

教科書会社による白表紙本の関係者への配布は、少なくとも前回の採択戦までは公然の秘密だった。道路交通法の自動車のスピード制限のようなものだった。今回、文科省は検定期間中の白表紙本の管理を厳しく教科書会社に要求した。しかし、今回も扶桑社以外の教科書会社から白表紙本を見せられた教員は自由主義史観研究会の会員の中にさえいる。全社の歴史教科書を見たという教育委員会関係者もいる。

もし高嶋らの言う通り、彼らが本当に教育委員会関係者から入手したのだとすれば、言葉巧みに扶桑社の営業マンに近づき、『新しい歴史教科書』に好意的であるふりをして白表紙本の貸与を要求し、扶桑社を裏切って敵側の高嶋らにコピーを渡した人物が関西の教育委員会関係者の中にいることになる。そういう人物は、おそらく他の教科書会社のヒモがついているのであろう。唾棄すべき汚さである。

検定が終わっていないのに、特定の、自分たちが攻撃対象とする教科書の白表紙本をコピーしておおっぴらに配布する。これは教科書検定のルールを無視した言論テロである。手段のためには目的を選ばないというその思想は、戦前、大森銀行ギャング事件をおこした日本共産党と同じ革命の論理に立つものである。革命のためには人殺しも、大量殺人も正当化される。高嶋らの今回の行動の本質はこの点にある。

だが、これを犯罪として取り締まる法律がない。罰則規定もない。法の盲点をついたつもりであろう。しかし、考えてみると、白表紙本といえども著作物である。それを著者に無断で配布することは著作権侵害の可能性がある。また、政府により検定中の未確定の著作物を著者に断りなく公表することは著作者人格権の侵害でもある。こうした点を研究し、今後、法的手段を視野に入れて検討したい。


反日騒動火付けのタイミング


さらに二つの疑問に答えておきたい。一つは、高嶋らはなぜ、三月十一日にこの「記者会見」をしたのかという疑問。もう一つは、なぜ文科省記者クラブではなく、議員会館を会場にしたのかという疑問である。この二つは密接に関連している。

あとのほうの疑問は、韓国や中国の記者に資料を渡すためであったということができる。文科省の記者クラブは、クラブの加盟社しか参加することができず、外国の報道機関は出席できないからである。韓国の新聞各社は、「十一日、日本で公表された教科書の内容は・・・」などとして早速、扶桑社非難の記事を書き始めた。

もっとも、「つくる会」の事務局で韓国の新聞社の記事の日本語訳ニュースの発信時間をチェックしたところ、「記者会見」の三十分くらいあとから次々とニュースが流れはじめた。資料が事前に渡されていて、記事もすでに準備されていなければ不可能な時間関係になっている。「記者会見」そのものは、単にアリバイ作りのセレモニーだったに過ぎない。

このことは、第一の疑問、なぜ三月十一日に「記者会見」を行ったのかという疑問と関連する。

実は、上杉は今年の一月に行われた日教組の教研集会のある分科会で、「今回はだいぶ苦労したが、扶桑社の白表紙本をやっと入手した」と発言している。その後、彼らは韓国で開いた日韓合同の研究会で扶桑社の教科書批判を展開して材料を与えている。

これとは別に、「中央日報」の三月十一日付け記事によれば、韓国政府はすでに昨年の十月に扶桑社の白表紙本を入手し、その後、日韓首脳会談や各種のチャンネルを通じて懸念と警告の意思を表明してきたという。こちらのほうは誰が渡したのか。文科省の中に韓国の情報ルートがあるのか。

ただ、いずれにせよ、今回の扶桑社の教科書の記述には、問題とすべき点が実際は殆どないことにかれらは気付いただろうと思われる。しかも、検定でもかなりの意見がつけられた。見本本として採択の対象となるのは、いうまでもなく、検定を通ったあとのバージョンであり、さらに厳密に言えば、各教科書会社がその後独自に見つけたミスなども自主修正して見本本が出来上がる。そうなると、ますますケチがつけにくい。実際、韓国政府は、今回は前回のような検定済み教科書についての修正要求は行わないとしている。そこで、せめて四月上旬の検定結果の公表前に、白表紙本の段階で韓国からの批判の火ぶたを切っておきたいという思惑から三月十一日を「解禁日」にしたのだろう。


大きな状況の変化が意味するもの


だが、四年前と比較すると、今回は状況が大きく様変わりしていることが明らかである。

第一に、検定期間中に白表紙本の内容を暴露して中国や韓国にご注進するという高嶋らの行動は、前回は朝日新聞が行ったのである。ところが、この間に、日本人拉致を金正日が自白したという出来事があって国内の朝鮮半島に対する見方が大きく変化した。さらに直接的には、一月に「四年前、自民党の政治家の圧力によってNHKの番組が改変された」という記事を朝日が書き、NHKのニュースで「虚偽報道」と決めつけられる失態を演じてしまったので、朝日は四年前の役目を果たすことができなくなったのである。

第二に、四年前は、検定が四月に開始されてまもなくの七月末には、いわゆる「平和運動シーズン」をあてこんで朝日と毎日が、扶桑社の教科書批判を開始していた。十月には外務省から派遣されていた野田英二郎元インド大使が、扶桑社の歴史教科書を検定で不合格にさせる運動を行っていた。それに比べると、今回は三月まで、少なくとも表面上は無風状態に近かった。

第三に、今回の特殊条件として、教科書問題に先行して、竹島問題が持ち上がったことが挙げられる。三月十六日に島根県議会が「竹島の日」を制定する条例案を可決した。この動きに反発する騒動が、韓国で始まっていたのである。しかし、韓国人がいくら騒いだところで、「韓国人のいう通り、あれはもともと韓国のものだ」と思う日本人はいない。韓国人は竹島問題の経過も、日本側が何を主張しているのかも一切知らされることなく、わめいているに過ぎない。同じように、扶桑社の歴史教科書についても、教科書を読んで批判している韓国人はほとんど皆無である。教科書問題も竹島問題と同じ程度の根拠のないものだ、ということが日本人に前回よりもはるかに分かりやすくなっている。

しかし、韓国の反日騒動は、前例のない過激さであるようだ。日本でも、竹島問題に抗議する韓国の民族派グループが、日本の国旗を焼いたり、ヤクザの流儀よろしく小指を切り落とすパフォーマンスをやったりするのがテレビで報道されている。一週間ほどソウルに行ってこられた呉善花さんの話によれば、韓国の騒ぎの激しさは日本の報道で想像できるものよりはるかにすさまじいらしく、今までにないほどの雰囲気だという。テレビのお笑い番組までこの話題で持ちきりらしい。

特に注目すべきことは、イ・ムンニョル(漢字表記は不明)という作家が、「竹島を北朝鮮のミサイル基地にすべきだ」と発言し、これに対して、「驚いた」としつつも、「愉快な気持ちになった」という反応をテレビやインターネットで広がっていることだ。北朝鮮を擁護することを批判する向きには、「北と仲良くして何が悪い」と開き直る。しかし、不思議と反日デモなどは大規模に起こっていないという。つまりは、全体が「北朝鮮化した韓国」の、政府主導のパフォーマンスということだろう。

日本に戻ってから日本でも韓国の現状が詳しく報道されているかと想像していた呉さんが、日本の報道がおとなしく、両者の間の落差の大きさに驚いておられた。この現象は興味深い。良識派のメディア(読売など)は、またか、としらけ、大きく取り上げること自体が韓国の騒ぎを助長することになるので、その流れには安易にのるまいと考えているようだ。他方、本来もっと報道したいメディア(朝日など)は、大きな報道が逆効果になって、日本人が「韓国のいいなりになってたまるか」と反応するのを警戒しているに違いない。そういうメカニズムが働いていると考えられる。動機は異なるが、結果として過剰な扱いをしないという点で共通している。

昨年夏のサッカー試合での中国人観衆の無礼な言動以来、中韓が反日を煽ると日本人がかつてのように贖罪意識でねじ伏せられるのではなく、逆に連中のひどさに目覚めるという逆向きのスパイラルが始まったと私はかねてから観測している。韓国は六月から八月まで、扶桑社が採択されそうな採択区に採択阻止のためのキャラバン隊を出すとまで戦術をエスカレートさせている。もちろん、おそらく反日日本人たちの入れ知恵だろう。だが、こういう動きに適切に対処すれば、状況を逆向きに転換させることも不可能ではない。

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