教育基本法改正の根本問題

上杉千年(日本教師会教育基本法改正運動特別委員会委員長)
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教育基本法制定三十周年の昭和五十二年(一九七七)八月に日本教師会は、田中 卓会長が教育基本法『改正試案』を発表した。そして、平成十六年八月二十三日に具体的な『改正案』を慶野義雄会長が発表するに至った。
筆者(上杉)は、教育基本法改正運動特別委員会委員長の職責上次の著作を刊行した。それは、
◆『教育基本法改正論』(教師会叢書。昭和五十五年二月十一日刊)
◆『教育勅語復権論』(小冊子。昭和五十五年二月十一日刊)
◆『教育基本法の問題点』(善本社。昭和五十九年四月二十九日刊)
さらに、改正の世論を高揚するために地方自治体での議会決議を要請した。その成果は、
◆岐阜県議会(昭和五十五年十月七日)「伝統の尊重」「愛国心の育成」の追記
◆長崎県議会(昭和五十九年三月二十一日)「伝統の尊重」「愛国心の育成」「自衛心の涵養」の追記
◆岡山県議会(昭和五十九年十二月十九日)「伝統文化の尊重」「愛国心の涵養」の追記
こうした要望運動も臨時教育審議会の設置で中断した。
この改正問題が森内閣・小泉内閣によって具体化してきた。しかし、公明党の異論によって法案作成すら出来ない。この現状を打開する道は公明党の要求を“丸呑み
”にすることである。この方策に異論のある者は基本法の根本的重要事項とはなにかということに理解がないからである。
教育基本法とはなにか
教育基本法とは、国民教育(幼小中高校で実施)の「方針」を示すものである。よって、教育の具体的な「政策」「方針」とか、道徳的な「徳目」を示すものではない。
従って、教育の「政策」を示すと、たとえば、「高等教育」「環境教育」「私学教育」を示すと、「専修教育」「福祉教育」「ジェンダーフリー教育」「人権教育」等を軽視しているという批判が生ずる。
また、道徳的な「徳目」を示すことは、法律に「徳目」を示すことになり適当ではない。その上、無数にある「徳目」をどう整理するかといった問題が発生する。
こうした「環境教育」「福祉教育」等と、「徳目」は幼(幼稚園教育要領)・小中高校の「学習指導要領」に示すものである。現にそうした処置はなされている。その成果があがらないのは日教組・全教の妨害行動によるものである。
尚、基本法改正作業は、生涯学習政策局ではなく初等中等教育局が担当するのが至当である。
『教育勅語』尊重が絶対条件
『教育勅語』問題は、教育基本案審議の折りに高橋誠一郎文相(昭和二十二年一月三十一日就任)が、〈この法案の中に教育勅語の良き精神は引き継がれている〉(『答弁書』)とした。さらに、昭和二十二年三月二十日の貴族院教育基本法案特別委員会でも、〈孔孟の教えとかモーゼの戒律とか云うようなものと同様なものとなって存在するもの〉と答弁している。
ところが占領軍は、昭和二十三年六月十九日に、衆議院に『教育勅語等排除に関する決議』を、参議院に『教育勅語等失効に関する決議』を強要した。 この結果、日教組等の反日勢力は、教育勅語体制から教育基本法体制に革命的に教育思想と体制が変革されたと主張するに至った。その端的な現象が「日の丸・君が代」絶対反対論である。
そこで、小泉首相と中山成彬文科相は、国会答弁で次の如く発言されることが改正論議の絶対条件である。
◆質問 教育勅語と新教育基本法との関係について
◇答弁 この改正案には、現行基本法と同様に戦前と戦後の良き教育思想は引き継がれている。勿論のこととして教育勅語についても同様である。
◆質問 教育勅語の『排除』『失効』の国会決議について
◇答弁 占領下という特別の事態下においてなされたものであって、今日では歴史的文書と理解している。
こうした発言なしに『排除』『失効』決議を是認するが如き発言をされるならば改正は絶対無用である。
憲法を遵守していない「前文」〜「伝統の尊重」を復活せよ
現基本法は、「前文」で〈日本国憲法の精神に則り〉と明言している。
しかし、京都府立大学教授小西保氏は、昭和三十六年一月二十八日の新教育懇話会での講話『教育基本法の問題点』で指摘された如く、現基本法の条章と憲法の条章は照応関係にあるのに、憲法「第一章 天皇」の条章は全く欠落しているのである。即ち、基本法は憲法を順守していない、憲法違反の疑義なしとしない。
基本法案を作成した教育刷新委員会の当初の案文は憲法を順守していたのである。
即ち、教育刷新委員会(昭和二十一年八月成立)の昭和二十一年十一月二十日の『教育基本法案要綱案』(参考案)では、〈個性ゆたかな伝統を尊重して〉と明記していた。それが、翌年二月二十八日の『教育基本法案要綱』になると、〈個性ゆたかな文化の創造をめざす〉へと変更されている。そして、この『法案要綱』は、三月四日に『教育基本法案』として閣議決定した。
この変更は、占領軍の干渉によるものであることは明星大学教授高橋史朗氏の研究で詳細が判明している。
ここに、小西保氏が講話『教育基本法の問題点』で指摘された如く、、憲法「第一章 天皇」の条章は全く欠落するに至った。 よって、「前文」に『要綱案』(参考案)に明記されていた如く「伝統の尊重」を復活すべきである。
教育の目的が間違っている
「第一条 教育の目的」 〜「人格の向上」と「国民的資質の育成」とすべし〜
教育の目的については、田中耕太郎文相は、『教育基本法案要綱案』(参考案)の「教育は、人間性の開発をめざし」とあるのを、昭和二十一年九月二十七日に文部省より提示された『教育基本法要綱案』(要綱草案)に示した「教育は、真理の探究と人格の完成とを目的とし」に戻して、『教育基本法案要綱』に、〈教育は人格の完成をめざし〉と規定した。
この「人間性の開発」から「人格の完成」への変更は、田中文相の『教育基本法の理論』に明示している如く、〈人格の完成は、完成された人格の標的なしには考えられない。そうして完成された人格は、経験的人間には求め得られない。それは結局超人間的世界すなわち宗教に求めるほかないのである〉という極めて宗教的色彩の強いものである。即ち、カトリック教徒として田中文相らしい発想である。
矢張り、「人格の完成」とは、宗教的次元におきかえると「神」ということになる。しかも、この「神」の概念はキリスト教の「全知全能の神」という意味に近いものである。こうした到達不可能なものを教育の目的とすることは現実的でなく、断固として容認できない。
よって、「第一条 教育の目的」は、@「人格の向上」と、A「国民的資質の育成」を二大目標とすべきである。また、「真理と正義」「勤労と責任」等の道徳的な「徳目」を羅列してはならない。尚、ここに「愛国心」等の挿入も無用であって、「前文」に明記するのが適当である。
以上の如き三大根本事項は、絶対に譲歩できないものである。この三大根本事項が確保されるならばその他の事項は放棄しても教育基本法改正の目的は達成されるのである。
この改正法案の国会で要する審議期間は一〜二ヶ月でも可能である。
尚、現基本法で改正を要する条文を付記することにする。
◆「第四条 義務教育」 現基本法の「国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う」としている。 この条文を削除して、「義務教育は無償とする」に改定する。
◆「第五条 男女共学」 この条文を削除し、「第五条 家庭教育」として、「国及地方公共団体は、家庭教育を積極的に支援、奨励しなければならない」とする。
◆「第九条 宗教教育」 宗教教育については、『教育基本法要綱案』(要綱草案)や『教育基本法案要綱案』(参考案)の段階では、〈宗教的情操の涵養は、教育上これを重視しなければならない〉としていた。
ところが、占領軍は、昭和二十年十二月十五日の『神道指令』が〈宗教ヲ国家ヨリ分離スルニアル〉とあるが如く、世界的常識を無視する宗教政策を遂行していた。そこで、日本で宗教といえば神社神道であるからして、宗教教育の「重視」は神社神道の「重視」になると誤解して「尊重」にダウンさせたのである。
そこで、この条文は、@「宗教教育は重視」とA「伝統的な習俗は尊重」を明示すべきである。 尚、「習俗」とは、津市地鎮祭裁判で最高裁判所も合憲としている。
◆「第十条 教育行政」 昭和五十七年八月二十六日の「『歴史教科書』についての官房長官談話」は、明白に教育への「不当な支配」である。よって、「国内外の不当な支配」である。よって「国内外の不当な支配」と明記すべきである。
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