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国のために死ぬと叫ぶ青年を「美しかった」と主人公・瑞枝(架空人物)に回想させ、兵隊へのシンパシーも感じられ、時代描写は概ねフェア。が、元共産党員とかいう反政府思想の瑞枝の継父が、前半は横暴な嫌らしい男だったのに、後半では不器用な憎めない正直者との印象を誘導し、死に際は有終の美まで飾らせた。悪者が実はイイ奴だったという見せ方は、好感度アップの月並みなテク。穿った見方をすれば、戦争も国も見下していた者が、最も人間らしくて気高かったと細工した気も。この手の左寄りキャラは反戦モノでは‘お約束’だから仕方ないか。
残念なのは、死を選んだ交換手達の決断に至った価値観と恐怖感がきちんと示されてなかったこと。生き延びた瑞枝はロシア兵に強姦されたけど、連れ去られるところまでしか見せず、直後にCM。次の場面では一人呆然と歩いているだけ。屈辱に泣き叫ぶわけでもない姿から、「この程度なら、他の乙女達もレイプくらい我慢して自決なんかしなけりゃ良かったのに」と感じた視聴者もいたのでは。強姦シーンなんか見たくもないが、女性にとってどれだけ残酷なことかはきっちり表現すべき。
現代の場面で、仲間と一緒に死ぬべきだったと嘆く年老いた瑞枝に、孫娘が自分には借金があって家も人手に渡ったが、「死のうなんて思わない!」と言う。でも、強姦の末に惨殺されるかもしれない瀬戸際で死を選択することと、たかが借金苦を同列に並べて語るとは何事?
危険を承知で自ら真岡に残った芯の強い交換手達こそ、金銭問題程度で死ぬような人達じゃないだろうに。
最後の独白っぽいナレーションは、もっと悪質。 「散華という名の下に、死を美化した時代は終わりました。(…中略…)幸せになるために。新しい自由な時代を生き抜かなくては」、だとさ!交換手達が死を美化して自決を選んだとは思えないんですけど。あの状況で死を選択した彼女達の価値観を否定する権利は誰にもない。
生き延びた瑞枝は親妹弟も死んじゃって、子供も産んだけど旦那が早死したから仕方なく養子に出して、年老いてからは認知症になって孤独にホーム生活。死んだ仲間に対しての罪の意識に支配された一生だったそうで。
主人公がそんななのに‘生きて幸福になりましょう’みたいな、何の保証もないお気楽な言葉でまとめるのは、無責任過ぎ。瑞枝の一生があまりにも不幸の連続で、最後のメッセージに何の説得力もない。史実に忠実だったかどうか、陳腐な反戦平和モノかどうかという問題以前に、ドラマとして矛盾してたと思う。なお、交換手達の史実についてはこちら。(サイト制作担当・木村)
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かつて会報『歴史と教育』に、2回に渡って掲載されました都竹先生の対馬丸事件とその扱われ方に関する記事を、
以前から何らかの機会にサイトに上げたいと思ってました。そこで終戦追悼ムードが高まり、対馬丸が沈没した8月22日もひかえている時期が適切かと考え、資料を付加して特集に。
ざっとネットで検索して調べたら、対馬丸の悲劇は関係者の努力によって多くの方々が既にご存じのよう。しかし、蓮と宇治が対馬丸だけを護衛していたとか、学童らの疎開は無理強いされたとか、細部に関して誤解されている方々が多いのも目についた。こんな勘違いがあっては、当時の軍部が一方的に対馬丸事件の責を負うべきとの印象が根付いてしまいかねない。
対馬丸事件は、戦争において何の罪もない弱き者達が犠牲になる事実を示し、後の世代に平和の尊さを認識させてくれる。この事件が当時の民間と軍部、現在の沖縄と本土との溝を深めるようなものになるのを、犠牲者は望んでいない思う。反戦平和を訴える上で、憎しみや怒りがプラスになるわけない。(サイト制作担当・木村)
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