特集
原爆をいかに語り継ぐべきか


 久間防衛相辞任だけで終わらせてはならない原爆論争


久間前防衛相の原爆‘しょうがない’発言には、数多の日本国民が憤りを覚えました。広島と長崎の悲劇をよく知る日本人は、‘戦争を終結させるため’というアメリカ側の主張をもってしても、原爆投下の意義を認めるような考え方には拒絶反応を示さずにはいられないことが顕著に示された一件でした。

しかし、あのような発言をした閣僚が辞任せざるを得ないような風潮の日本において、広島市が‘軍都’だったために原爆を投下されたという主旨の記述が一部教科書に平然と掲載されています。また、被爆者の苦しみや原爆の残虐性を忘れないための資料館では、旧日本軍がアジアで蛮行を行ったために原爆を投下されたと印象付けるような展示が行われてきました。

一方、海外では極東国際軍事裁判オランダ派遣判事だったバーナード・W・A・レーリンクが、 「連合国の国民は有色人種を、昔から人間以下とみなすように教育されてきた。有色人種である日本人は人間ではないと、トルーマン大統領をはじめ政府、軍の高官、科学責任者が感じていたからこそ、広島、長崎で数十万人を一瞬にして焼殺できたのだ」と、白人の差別意識の存在を批判。アメリカの歴史学者であるバートン・バーンスタインは、「ソ連を威嚇することが根本理由であり、ソ連の影響力が日本、満州(中国東北部)、朝鮮、中国に及ぶことを阻止するために、ソ連がアジアでの戦争に全面的に参加する以前に、核兵器の使用によって日本を降伏させる戦術をとった」と、米政府の政治戦略が背景にあったことを指摘しています。

日本はどうでしょう?投下された国として、最も堂々と原爆を非難できるにもかかわらず、腫れ物に触るように原爆関連の議論を避ける傾向があります。この特集では原爆に対する様々な見解をご紹介し、‘しょうがない’発言が許されないならば、原爆をいかに語り継ぐべきかについて、問題提起したいと思います。





























『原爆から平和教育のために』
飯嶋七生/自由主義史観研究会会報編集担当

『もう一つの原爆容認論-日本が悪かったから原爆が落とされた」という 長崎原爆資料館の展示と、その展示コーナー閉鎖を目指す「長崎の原爆展示をただす市民の会」の取り組み』
北村芳正/自由主義史観研究会会員・長崎原爆の展示をただす市民の会会員

『日本政府の「原爆容認論」』
岡屋多津郎/自由主義史観研究会会員

『非人道的な原爆投下に抗議して割腹自決した伊村明彦』
上原 卓/自由主義史観研究会理事

『原爆投下を告発した米国人』
(自由主義史観研究会著『教科書が教えない歴史』扶桑社刊より)
吉川重治/『教科書が教えない歴史』執筆者

「アメリカにおける原爆投下不要発言集」




『日本は降伏しなかったから、原爆を投下された !?

(授業づくり最前線より、授業実践報告)
服部 剛/横浜市公立中学校教諭・自由主義史観研究会理事

『東京書籍の教科書における‘軍都’記述』
北村芳正/自由主義史観研究会会員・長崎原爆の展示をただす市民の会会員

『教科書における原爆投下記述の比較(日本編)
『教科書における原爆投下記述の比較(アメリカ編)
木村日向子自由主義史観研究会WEB制作担当




『国の「はだしのゲン」活用は不適切』
南木隆治大阪府立高校教諭・自由主義史観研究会会員

『2007年度長崎平和宣言について』
北村芳正/自由主義史観研究会会員・長崎原爆の展示をただす市民の会会員

『この人を見よ〜本島 等氏の言動の先にあるもの〜』
飯嶋七生/自由主義史観研究会会報編集担当

『広島発-資料館と反戦平和の裏』
長谷川真美/新しい歴史教科書をつくる会会員


『原爆肯定意見展示を構想、 リーパー理事長にとって‘原爆資料館’とは?』
(歴史論争最前線より)
木村日向子自由主義史観研究会WEB制作担当




1999年8月31日の米タイム誌の記事、“National Colors”で、小倉佳子さん(平和のためのヒロシマ通訳者グループ・8歳で被爆)は、「私達は広島を被害者の都市としてしか語りません。軍都だったことも語っていかねばなりません」と言い、原爆投下以前の広島は‘nationalistic’であったと指摘。この‘nationalistic’が、愛国的と国家主義的のどちらを意味するかは不明だが、批判的な含みがあることは確か。だが、広島は本当に軍都だったのか?また、それで原爆投下が正当化されるのだろうか?
英BBC制作の原爆投下再現フィルムの日本語吹替短縮版。エノラ・ゲイ乗組員や被爆者のインタビューも含まれている。

久間防衛相辞任で問題が収束し、宮崎哲弥氏は原爆投下問題を、日本人は問い直す機会を失ってしまったと指摘する。(産経新聞・平成19年7月9日号)

CNNの討論番組で原爆の是非を議論した古森義久氏は、米側が原爆投下は正当でさえあっと主張していると報告する。(産経新聞・平成19年7月28日号)


今、アメリカはおかしくなっている。慰安婦問題で日本非難を国会決議し、秋には南京問題で日本非難の映画が10本も作られると言われる。

これに対抗するには、アメリカの戦争犯罪を告発すべきである。最もはっきりしている戦争犯罪は、広島・長崎への原爆投下と、東京その他の主要都市の空爆である。一瞬にして十数万人を虐殺した原子爆弾、目的地周囲に焼夷弾をばらまき、退路を遮断した後、中心部に焼夷弾を落とした。これを虐殺と言わずに、何を虐殺と言うのか。

私は原爆禁止を訴えるには、原爆投下は虐殺事件だと非難する事が最も有効だと考える。これによってアメリカに反日感が生まれることを杞憂する向きがあると思うが、今回の慰安婦問題についての日本非難とセットで、「対テロで日本に謝意」を表する決議を可決したように、戦後の復興に対するアメリカの貢献に対する謝意をセットで主張していけばよい。

慰安婦決議は日本の有志による米紙への意見広告が逆効果となったとされるが、恐れることなく、再反論の意見広告がなされることを期待する。 最も必要なことは真実の追究と思う。原爆投下に関しても、その行為の真の姿が、ナチスのユダヤ人虐殺にも匹敵する大虐殺であったと認識されることは、国内外ともに重要な課題である。(杉本幹夫・理事)


「酔夢ing Voice 西村幸祐」様 久間防衛大臣と広島原爆資料館

「■Tant Pis!Tant Mieux!そりゃよござんした。■」様 【自惚れの箔】

「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」様 本島・元長崎市長の原爆発言

「Dr.マッコイの非論理的な世界」様 筑紫哲哉が見た原爆投下

「ぼやきくっくりFC2版」様 「原爆投下はしょうがない」発言について

「新・平成徒然草」様 米政府に「原爆投下」謝罪を求めず

「恋のから騒ぎ研究室」様 久間防衛大臣の発言について

「草莽崛起−PRIDE OF JAPAN」様 米歴史教科書が描く「戦争と原爆投下」

「日の丸君の日記」様 赤い核兵器をどうする

「右派系政治勢力研究会」様 「原爆被害は日本にも責任」読売新聞社説

「ニッポンポン!」様 アメリカはなぜ原爆を落としたのか

「アジアの真実」様 我々は原爆投下をどう捉えれば良いのか

「東アジア黙示録」様 原爆投下のススメ…唯一の被爆国という大嘘


『図録 原爆の絵』(岩波書店)は、ヒロシマの記憶と向き合いながら描かれた、被爆者たちの手による絵を集めたもの。我が子を庇いながら焼死した母、水を求める男女の区別もつかなくなった人々、頭髪が抜けて生涯外出できないと泣いた女性…彼らは決して想像の産物ではありません。

原爆を描いた絵画は多くあります。中でも有名な丸木位里・俊夫妻による「原爆の図」(15部作)は、多方面から賞賛されています。丸木夫妻は被爆数日後に広島を訪れており、その際に目撃した惨状をもとに「原爆の図」は描かれました。けれども丸木夫妻は、実際にあったか否かが未だ問われ続けている‘南京大虐殺’をモチーフとした作品をも描いています。広島にいた米兵捕虜を描いた「原爆の図」の一作を、「爆心地近くの地下壕にいれられていた米兵捕虜たちはやがて死ぬかもしれません。いや、或いは生きたかもしれないのです。けれどその前に日本人が虐殺しているということを知りました」との説明付きで公開しています。‘南京大虐殺’と同様に、広島の米兵捕虜が‘虐殺’されたことは、未確認の情報に過ぎません(被爆米兵慰霊銘板記事参照)。安易な歴史認識に基づいて描かれた作品を、絵画的に優秀であっても、真実を伝えるものして後世に残して良いものでしょうか?そんな疑問への答えを見出すよりも先に、丸木作品は‘平和学習’の名のもとに、多くの子供達に鑑賞される機会まで得てしまっています。

『図録 原爆の絵』で紹介されている被爆者達の絵は、美的観点からはお世辞にも上手とは言えないどころか、観る者が眼を背けたくなるような作品ばかりです。しかし、それが原爆の実態であるがゆえの凄惨さであることを、我々は直視しすべきでしょう。受動的に情報を得られる写真と異なり、これらの絵は作者の眼に映った原爆の実際を、鑑賞者に能動的に想像させるパワフルな力を持っています。真実の原爆を描いた絵とは何か…『図録 原爆の絵』は、その答えを明確に示してくれる一冊です。


『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』
鳥居 民著 草思社
原爆投下の理由については、終戦時の首相鈴木貫太郎が「ポツダム宣言」を黙殺したからだ、あるいは百万の米兵を救うためだったとの解釈がなされてきた。本書はこれらの通説を完全に覆すものである。日本が「ポツダム宣言」を最後通牒と受け取らない巧妙な仕掛けを解き明かす洞察力は、読む者の目を開かせる説得力がある

『アメリカはなぜ日本に原爆を投下したのか』
ロナル・タカキ著 山岡洋一訳 草思社
原爆を投下は、アメリカが対日戦を早く終わらせ、上陸作戦による犠牲を避けるためとされてきた。また、人種的偏見、ソ連に対する示威も要因としてあげられてきた。しかし、これらの理由だけでは、なぜトルーマンが原爆の投下を命じたのかは説明しきれない。彼の置かれた立場を分析し、原爆投下に至る経緯を明らかにした衝撃の書。

『原爆投下決断の内幕 上・下』
ガー・アルペロビッツ著 ほるぷ出版
崩壊への道がはっきりしていた日本へ、なぜ原爆を落とす必要があったのか。そして、原爆投下が、無用な犠牲を救うためだったというアメリカのヒロシマ「神話」がどうして広まったのか。膨大な文献・資料を駆使して、アメリカの歴史家が、アメリカ首脳部の政治的判断と意図を検証。鈴木俊彦、米山裕子、岩本正恵らの共訳


『黙殺-ポツダム宣言の真実と日本の運命』
仲 晃著 日本放送出版協会
ポツダム宣言の最後通告に、鈴木首相が黙殺言明。これが原爆投下を招いたのか?原爆投下は百万人の戦闘犠牲者を未然に防ぐための決断だったのか?戦後定着した「黙殺」神話や「百万人」伝説…解禁された米国の公文書等を渉猟して見直し、原爆使用に固執した米国の真の意図を、米ソ角逐のポツダムに探る。

『アメリカの歴史教科書が描く 「戦争と原爆投下」』
渡邉 稔著 明成社
広島・長崎への原爆投下は正しい選択だったと胸を張り、その惨禍にも平然としているアメリカ人…。日米の基礎教育で実際に使われている教科書を題材に、両国の歴史教育を比較。両国の教科書の違いは、驚くべきもので、日本が国家戦略や軍事に関する国民教育を、臆病なほど避けていることが理解できる。

『アメリカの中の原爆論争』
NHK取材班著 ダイヤモンド社
スミソニアン博物館の戦後50年記念展示が巻き起こした、アメリカの原爆論争を追跡したNHKのドキュメント。その内容は、NHKスペシャルの番組として放送された「アメリカの中の原爆論争-スミソニアン展示の波紋」が中心となっている。それぞれの立場からの発言を集め、アメリカ人にとっての原爆の意味を様々な視点から紹介する。

『拒絶された原爆展-歴史のなかの「エノラ・ゲイ」』
マーティン・ハーウィット著 みすず書房
スミソニアン「爆原展」はなぜ挫折したのか?全米に激烈な論争を巻き起こしたエノラ・ゲイ事件の顛末。負の歴史を巡る激烈な論争、原爆展企画から中止までの経過を、元館長自らが綴る第一級のドキュメント。日米の戦争観の差、ヒロシマ・ナガサキ問題を再考するに最適の書。山岡清二、原 純夫、渡会和子の共訳


『ヒロシマわが罪と罰』
G・アンデルス、C・イーザリー著 筑摩書房社
“1945年8月6日、広島の上空で約45分間旋回した後、僚機エノラ・ゲイ号に向けて、私は「準備OK、投下!」の暗号命令を送りました”…地獄火に焼かれる広島の人々の幻影に苦しみつづけ、狂人と目された“ヒロシマのパイロット”と哲学者の往復書簡集。それは、病める現代社会を告発してやまない。翻訳は篠原正瑛。


『原爆機反転す-ヒロシマは実験室だった』
若木重敏著 光文社
爆撃機が広島上空を通過後、再び戻ってきたのは何故か。広島への原爆攻撃に先立って、米軍のB-29は巧妙なトリックを仕掛けたのか?あらかじめ空襲警報を発令させたうえ、警報が解除されるように爆撃機が行動して市民が防空壕を出るタイミングを見計らいながら原爆を投下した…著者が遺書として記す、衝撃の‘実験’説


『原爆投下報告書-パンプキンと広島・長崎』
奥住喜重、桂 哲男 工藤洋三共訳 東方出版
日本に原子爆弾を投下することを目的として特設された、第509混成群団の、日本全土に加えた全ての攻撃を報告した文書、「特殊作戦任務報告書」を紹介。10000ポンド(4.5トン)軽筒爆弾(パンプキン)による日本各所での実戦投下訓練と、2発の原子爆弾投下の実行に至る全過程を記録した、直接資料の全訳という貴重な一冊


    

これだけの歳月を経ても、原爆を主題とした映画は作られ続けています。今年も、数々の賞に輝いた原作漫画を映像化した『夕凪の街 桜の国』(2007年、佐々部清監督)や、アメリカの記録映画『ヒロシマ・ナガサキ』(2007年、スティーヴン・オカザキ監督)が公開されました。原爆映画を並べてみますと見えてくるのが、日本と海外における視点の違いです。日本は常に被爆者の視点に立って原爆を物語っています。一方、海外ではドキュメントという形式で、主に原爆がその後の世界に及ぼした影響について検証しています。昔のニュース・フィルム等を繋ぎ合わせて作られた『アトミック・カフェ』(1982年、ケビン・ラファティ他監督)は、原爆以降もいかに米国内における核兵器の実態への認識が低かったかを暴露し、ナレーション等を新たに加えずに、核の脅威と人間の愚かさ訴えました。また、元米国国防長官のロバート・マクナマラが、米軍の空爆と原爆投下を非難している『フォッグ・オブ・ウォー』(2003年、エロール・モリス監督)でも、原爆が引き金となって冷戦時代へと世界が突入した有り様が明確にされていました。

日本には、戦火の傷跡が残る広島で撮影された『原爆の子』(1952年、新藤兼人監督)や『千羽鶴』(1958年、木村荘十二監督)から始まり、原爆投下一日前の長崎の人々を描いた『TOMORROW 明日』(1988年、黒木和雄監督)、被爆体験を持つ祖母と孫達の交流を描いた『八月の狂詩曲』(1991年、黒澤 明監督)、原爆投下後の生き残った女性の苦悩を描いた『父と暮せば』(2004年、黒木和雄監督)等、‘被爆者映画’の長い系譜があります。
日本映画は被爆者の声を代弁しているというスタンスを崩しません。これは加害国であるアメリカにはとても真似できない芸当で、我が国だけに許された特権と言えましょう。しかし、逆に日本映画は被害者の観点からしか原爆を描いていないという側面があるわけです。

1959年の『二十四時間の情事』(アラン・レネ監督)では、主人公のフランス人女性が受けた迫害を被爆者の受難の象徴として描くという稀有な試みがなされました。この作品における原爆の解釈は、レネ監督個人の‘外部の存在が原爆をどこまで知ることができるのか?’という疑問をベースにしたもので、被爆者の想いを描いているわけではありません。ですが、この映画は観る側にも同じ深さで原爆について考察する方向へと導いてくれます。被爆者の生存数が年々減少して行く中、日本でもレネ監督のようなアプローチが今後は要求されるでしょう。日本映画には被爆国の語り部として、正確な史実の伝達と同時に、原爆投下が被爆者以外の人間にも何をもたらしたかについても、真摯に語り継いで欲しいものです。

    




【注意】下記のリンクは特集関連情報を皆様にご紹介する主旨で選ばれています。リンク先における全ての記載内容を、必ずしも自由主義史観研究会が支持しているとは限りません。

『広島平和記念資料館 Hiroshima Peace Site』
『長崎原爆資料館 Nagasaki Atomic Bomb Museum』

『日本空襲と原爆』
米軍の空爆と原爆投下の報告書翻訳等、詳しい情報が掲載されています。

「Webタイムス」:被爆米兵慰霊の銘板を立てた己斐の森重昭さん
原爆により死亡または被爆した広島の米兵捕虜について記述されています

『九九九のホームページ』:長崎原爆資料館の展示 「虐殺」のヤラセ写真
産経新聞の長崎原爆資料館‘南京虐殺’写真の記事が転載されています。

「理研八十八年史から」二つの「計画」
理研八十八年史から」想像力の欠如

「西日本新聞九州ねっと」長崎市の市民団体 平和宣言文で要望

「Sankei WEB・正論」櫻田 淳・怜悧な「核」論議の機運は萎えたのか
「Sankei WEB・カルチャー」【中村文則】非難すべきはその考え方だ
「Sankei WEB・産経抄」久間「しょうがない」発言論説
「Sankei WEB・正論」笹川陽平・情緒的な核論議批判の時代は過ぎた
「正論」牛田久美・原爆投下を示唆していた「ポツダム宣言」全文

「痛いニュース」【朝日新聞社説「日本はアジアを侵略し米に戦争しかけた。
 
“原爆しょうがない発言”は罪深いが、一方的に非難できるのか」】
「痛いニュース」【「原爆投下で、戦争終結。多くの日本人の命を救った」】
「痛いニュース」【久間防衛相 「原爆投下…しょうがないなと思っている」】
「痛いニュース」【久間防衛相、原爆発言で引責辞任】
「痛いニュース」【原爆の模型のオモチャを公開…イタリア】
「痛いニュース」【原爆資料館展示見直しに中韓などの委員を起用へ】
「痛いニュース」【はだしのゲン、初のテレビドラマ化 8月にフジ系放送】
若者に人気の巨大掲示板「2ちゃんねる」での、様々な議題に対する反応が要約紹介されているブログ。下部には、このエントリーに対する新たな一般からのコメントも述べられています。「2ちゃんねる」ユーザーと、大手マスコミには取り上げられ難いニュースに敏感な「痛いニュース」ファンの、匿名ならではの原爆関連問題に対する率直な意見を、偏見なしに御一読ください。

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