極秘文書発見

原爆を語るキーワード


原爆は100万人のアメリカ兵の命を救った’、という神話は解体されました。 スタンフォード大学のバーンスタイン教授が発掘した極秘文書によると、「日本が降伏しなければ米軍は九州に上陸作戦の実行を計画し、アメリカ側の犠牲者は最大で2万5000人と予測していた。東京正面の上陸作戦では1万5000人から2万1000人の戦死者を予測。つまり、アメリカ軍は、50万人、100万人という犠牲者数を予測したことはなく、日本に懲罰を加えることが原爆投下本来の目的の一つだったのです。

 

このバーンスタイン研究が発表された当時の新聞記事を以下にご紹介します。 

○原爆投下、市民殺りくが目的 米学者、極秘文書で確認

米最高首脳はこれまで「軍事目的に限定して使った」(トルーマン大統領回顧録)としてきたが、実は「日本への原爆投下の目的は一般市民を大量殺りくすることにあった」とスタンフォード大の米歴史学者が極秘文書で確認。
スタンフォード大歴史学部のバートン・バーンスタイン教授は、米軍事外交文書を研究するうち、"歴史の偽り"を発見したという。
同教授が入手した極秘文書によると、1945年7月31日、原爆投下についてスチムソン米陸軍長官を囲んで最高会議が開かれた。その際ノーベル賞学者のE・ローレンス博士(サイクロトロンの発明者)は「科学者としては原爆を直接日本に投下したくない。まず米国の砂漠などで世界の代表者を呼び、公開の場でその威力を見せるべきだ」と主張した。しかし、他のメンバーたちは「もし原爆が不発だったら世界の笑いものになる。ともかく日本へ投下しよう」と主張して決定を見たという。
投下地点の選定については、「軍事施設のみという科学者の主張に米軍側が強く反対し、結局、民間人を大量に殺りくすることが決定された」としている。
人類初の原爆は"効果半径"約1.8キロ。同教授の入手した米空軍史(部外秘)によれば、「その火の玉を広島の住宅密集地、商業地区に投下せよ」との命令が出ている。投下時間は午前8時15分。「これは工場労働者が仕事を始め、市民の子どもたちが戸外に遊びに出る時間帯。米軍はまさにそこを狙ったのだ」と同教授。
しかしトルーマン大統領はその回顧録で「原爆は非戦闘員の婦人、子どもを避けて、軍事基地だけに限定して使った」と書いている。(朝日新聞/1994年12月23日)

○原爆投下批判する論文 米歴史学者 道義的責任問う

バートン・バーンスティーン・スタンフォード大教授が米外交雑誌フォーリン・アフェアーズの冬季号に「広島再考」と題した論文を寄稿、対日戦の早期終結に向け「米指導者は原爆使用以外の道を探求しなかった」などと、日本への原爆投下に批判的な説を展開。これまであまり注目されなかった歴史資料を引用。非戦闘員の大量殺傷に「大きな道義的責任」を感じなくなったことが響いていると指摘するなど、当時の米指導層や国民の戦争モラルを正面から問う内容 。
同氏は、米国の原爆製造を主導したマンハッタン計画の目標委員会の会議録などをもとに寄稿。ニューメキシコ州での爆発実験前から日本での投下先が詳細に検討され、都市中心部に目標が定められていた事実を紹介しながら、米指導層が当初から市民の大量犠牲を前提にしていたとしている。 原爆投下が早い段階で既定路線になった背景として、同氏は米軍によるドイツのドレスデン空襲や東京空襲など戦略爆撃の例を挙げ、指導層や国民の戦争モラルが変質したと強調。「民間人の大量殺傷」を許す素地があったため、原爆投下を避けようとはしなかったと主張している 。(中日新聞/1994年12月24日)

○原爆投下 早期降伏、目的でない 
  米歴史学者が外交誌に論文 『日本への懲罰』

1945年8月の原爆投下をめぐって米国では、戦争終結を早め、日本本土上陸作戦を無用にすることで米軍兵士50万人の生命を救うために決断された、などと正当化する議論が有力だが、論文はこうした米国の一般的な見方の修正を迫っている。
執筆したのはカリフォルニア州スタンフォード大学のバートン・バーンスタイン教授。当時の政策担当者のメモや日記、また秘密解除された公文書などの資料に基づいて当時の政策判断を検証している。それによると、戦争末期の45年、日本が降伏しなければ米軍は11月1日に76万7000人の部隊による九州上陸作戦の実行を計画。その際には最大2万5000人の米側戦死者を予測していた。続いて翌46年3月1日に計画していた東京正面の上陸作戦では1万5000人から2万1000人の戦死者を予測していた。
バーンスタイン教授は、上陸作戦による50万人の戦死者予測などは存在せず、当時の米国指導者はより大きな犠牲を避ける目的で決断したわけではない、と主張。また最大で計4万6000人と予測された米軍の戦死者発生を回避するためでもなかったとして、日本に懲罰を加えることが原爆投下の本来の目的の一つだった、と説明している。
投下地点の選定については、「軍事施設のみという科学者の主張に米軍側が強く反対し、結局、民間人を大量に殺りくすることが決定された」としている。
また、原爆開発のマンハッタン秘密計画は約20億ドルの資金を投じて推進されたため、ルーズベルト、トルーマン両大統領は政治的にもその成果を示す必要があり、民間人に大量の犠牲者が出ることが分かっていながら原爆投下の決断を下した、としている。(朝日新聞/1995年1月12日)

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