「旧来の教科書のもうひとつの特徴は、日本の被った理不尽な被害を指摘していないことだ。具体例を教育出版の教科書の原爆の記述から拾ってみる。同書は原爆投下について本文3行半、89文字で記述している。はがき1枚の挨拶状のような軽い扱いだ。キノコ雲の写真と解説部分で、原爆投下で「アメリカや連合国の兵士の命が救われた」と米国の主張を紹介している。ドイツの教科書ははるかに多くの頁を割き、「米ソ両国とも投下以前に日本が望んでいた降伏の接触の申し出を無視」、両国ともに「日本の絶望的な状態を十分、認識を持っていた」とし、原爆投下は「無意味」で「新兵器の威力のテストと他国への示威のため」だったと断じ、米国への痛烈な反論を記述している」
(櫻井よしこ
『週刊ダイヤモンド』2001年5月26日号より)
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アメリカの原爆投下に関する主張を容認するかのような発言で、久間防衛相が引責辞任に追い込まれる我が国において、同じように米側の「アメリカや連合国の兵士の命が救われた」という記述をした教科書がありました。2007年現在では教育出版はその記述を削除していますが、教科書での疑問を感じさせる原爆投下の説明は他にもあります。

東京書籍の『新しい社会 歴史』(中学校用)では、「地域の歴史を調べてみよう 軍都から平和都市へ(広島県広島市)」というコラムで、広島に原爆を落とされたのは「軍都」だからと結論づけ、「そのような過ちをくり返さないことが大切」と、日本に責任があるように記述しています。このコラムの存在により、本文中の「同時に連合軍は、日本との戦争を終わらせる準備を進め」という文言が、原爆投下の理由として際立ってしまうような構成になっています。
大阪書籍『中学社会 歴史的分野』の「ヒロシマとナガサキ」と題された箇所では、
| 日本政府は、このポツダム宣言を黙殺して戦争を続け、「本土決戦」をとなえて国民に「一億玉砕」をよびかけました。アメリカは、戦争の早期終結と戦後の世界でソ連に対して優位に立つことをねらって一九四五(昭和20)年八月六日、広島に世界で初めて原子爆弾を投下しました。 |
と記述されています。「ポツダム宣言を黙殺して」とあるのは、当時の鈴木首相の記者会見での声明において、この‘黙殺’という言葉が使用された事実を受けてのものと思われます。しかし、この‘黙殺’という表現には幾通りもの解釈があり、日本政府がどのようにポツダム宣言に対処しようとしていたかについても、様々な見方があります。‘黙殺’とは実に曖昧な表現であり、それを使用しつつ、「戦争を続け」という表現につなげるのは、あまりに無責任な書き方かと思われます。この段落を読む限りでは、‘日本が降伏しなかったから、戦争を早く集結させるためにアメリカは原爆を投下した’としか書かれているように見えません。段落の後には、「質問1=なぜ、日本に原子爆弾が投下されたのだろう」、「質問2=第二次世界大戦は、どのようにして終結し、どのような犠牲がはらわれたのだろう」と、問いが白々しくも付け加えられていますが、この教科書を使っている子供達がどのように答えるかは明白です。
これらのように原爆投下の理由を‘軍都だったから’、‘日本が降伏しなかったから’と思い込ませるような記述も問題ですが、冒頭で触れました教育出版の『社会6
上』(小学校用)には、逆に原爆が投下された理由が記載されていません。
| 一万mまできのこ雲が立ち、熱戦と爆風で、またたくまに建物はくずれ、市民は体を焼かれ、まるで地獄のようなありさまでした。原子爆弾によって、広島・長崎両市で30万以上のとうとうい命がうばわれ、現在でも、後遺症に苦しむ人々がたくさんいます。 |
と、文字数を割いて被爆状況については説明しているものの、アメリカが原爆を投下した目的については述べていないため、まるで戦争だったから‘しょうがない’という雰囲気がかもし出されてしまっています。
ちなみに米ソ冷戦当時において、日本の教科書に原子爆弾についての史的位置づけを記載することは不可能だったそうです。日本政府がアメリカとの衝突を回避できるようにと、文部省から原子爆弾に関する情報削除を強要していたのが理由です(岡本智周
"The Distortion and the Revision of History in Postwar Japanese
Textbooks, 1945-1998")。例えば山川出版の教科書では冷戦が終結した1994年以降になるまでは、原爆の被害状況が「放射能」という記述入りで解説されることはありませんでした。加害国に遠慮して原爆に関する記述を手加減するとは情けない次第ですが、これは戦後の日米関係を象徴しているようなケースと言えます。その延長線上に、開戦した日本の責任を問うような記述はするものの、日本を開戦へと追い込み、実際に原爆を投下したアメリカを糾弾する記載が教科書にはほとんど見られないという事態が存在するのです。
では、アメリカはどのように原爆投下を教科書に記述しているのでしょうか?
(つづく→)