「祖国と青年」2001年10月号掲載
東京書籍の教科書における‘軍都’記述


北村芳正
(自由主義史観研究会会員・長崎原爆の展示をただす市民の会会員)


8月15日、来年度から使用される中学歴史教科書の採択が決定され、その需要数(採択された冊数)が9月11日に公表されました。それらの資料によると、全国で最も多く採択された教科書は、東京書籍でした。徳島県を除く全国46都道府県で採択され、採択区では259、需要数は約67万6000冊と全体の51%を越える圧倒的なシェアを占める結果となっています。  

しかし、この結果は、わが国国民の共通の願いであるはずの「核兵器廃絶」という視点から見ると、大きなマイナスと言わねばなりません。なぜなら、東京書籍の教科書は、この点では他の7社にはない、重大な問題がある記述となっているからです。  

東京書籍は、全体に写真や絵を大きく多用している分、本文の記述の素っ気なさが目立ちますが、その一方で、なぜ広島に原爆が投下されたか、というテーマのコラムを設け、これに4ページもの分量を費やすという力の入れようで、しかも、こうしたテーマを取り上げているのは東京書籍だけですから、画期的な印象を受けます。

しかし、その内容はというと、とんでもないものになっています。  

このコラムは、クラス全体で研究する問題として、『「どうして広島市が被爆都市となってしまったのか」を、戦前の軍都「廣嶋」から戦後の平和都市「ヒロシマ」への歩みから考える。』と設定しています。この設定からして、広島市の歴史から被爆都市となった理由が全てわかるかのようです。そのため、このクラス全体の問題解決のためにグループで調べるとして分けられた3グループがそれぞれ「戦前の広島は、軍事都市としてどのように発展してきたのか」「被爆のようすはどのようであったか」「平和記念都市の建設は、どのように行われたのか」という問題を立てており、アメリカが広島に原爆を投下したのは何故か、という投下した当事者の意図を問う姿勢が最初から欠落してしまっています。この欠落のために、あたかも広島の歴史が原爆を招き寄せたかのような誤った印象を植え付ける構成となっているのです。

そして、その結論として、『最後に、クラス全体の研究問題である「なぜ広島市が被爆都市となってしまったのか」をみんなで考えました。その原因の一つは、戦前の広島市が軍都として発展してきたことにあるということでした。また、このような広島市の歩みは、日本の近代から現代への歩みと同じでした。平和な社会を築くという人々の願いを実現するためには、そのような過ちをくり返さないことが大切であるということもわかりました。』と記述していることは、こうした構成から必然的に導き出されてくる、全く誤った内容と言わねばなりません。  

「戦前の広島市が軍都として発展してきたこと」が「被爆都市となってしまった」「原因の一つ」であるといいます。「原因の一つ」と逃げてはいますが、それ以外の「原因」はどこにも書かれていません。従って、本書で学んだ生徒は、原爆投下の「原因」は「広島市が軍都」であったからということ以外には何も知ることができないのです。

しかし、アメリカの意図を確かめると、「広島市が軍都」ということは実は「原因」ではなかったことがわかります。アメリカは、原爆を投下する都市の基準を1945年5月11・12日に開いた第二回原爆投下目標検討委員会で定めています。それは、原爆の威力を正確に測定するために、爆風が遮られないような地形で十分に広い市街地を持つ無傷の(まだ空襲を本格的に受けていない)都市というものでした。〈注@〉。

昭和15年時点での日本の大都市は、人口の多い順に、東京、大阪、名古屋、京都、横浜、神戸、広島がありましたが、第二回検討委員会が開かれた時点までに、東京、大阪、名古屋、神戸はいずれも大空襲を受けて、壊滅的な被害を受けていました。

そのため、これらの条件に適う都市として、残りの京都、広島、横浜と、原爆投下の照準点が視認しやすい小倉(兵器廠)と新潟が検討材料に挙げられ、新潟を除く四都市が最初の原爆投下目標と結論されています。(その後、紆余曲折の中で横浜が外され―すでに壊滅していた東京から近すぎるというが理由で―その直後に大空襲を受けて壊滅しました。代わりに新潟が「復活」しています―最終的に目標から除外されたのは8月、原爆投下機の発進基地から遠すぎるというが理由でした―)〈注A〉。

この検討委員会では、原爆投下目標都市それぞれの特色が検討材料として掲示されています。 この中では、京都が、特に重要な軍事施設がないにもかかわらず、最も原爆投下にふさわしい都市として指摘されています。京都市が「軍都」であるとは、どんな詭弁を弄しても広い理解は得られないでしょう。

元々は京都が原爆投下目標の第一候補であったという史実からしても、「軍都」であるかどうかなどは、原爆投下とは何の関わりもないことが明らかなのです。  

また第二候補となった広島も、選定された主な理由が「都市工業地域の中心に位置する物資積み出し港である。広島はレーダーの格好の目標であり、広い範囲にわたって損害を与えることのできる程度の広さの都市である。隣接して丘陵地があり、それが、爆風被害をかなり大きくする集束作用を生むであろう」とされていることからもわかる通り、原爆の目標に選ばれた理由としては、軍事的価値などはほとんど重視されていませんでした。  

残された資料(当時はトップシークレットとして厳重に管理され、現在は米国国立公文書館に所蔵されて公開されています)は、アメリカが、原爆投下の目標都市を、主に都市としての規模と地形(いかに多くの損害が与えられるか)に基準を置いて選定していたことを明確に物語っているのです。〈注B〉。


京都は、その後アメリカの政治的判断で標的から除外されました―代わりに長崎が目標に加えられました―が、それは千数百年にわたる日本の古都という京都以外にはどの都市も持たない歴史が大きな影響を与えており、京都以外はどこも除外理由を満たすことはできません。したがって、広島が「軍都」だったから除外されなかったという論も成り立たないのです。  

広島が被爆都市となった原因は、当時、まだ空襲を受けていない国内最大規模の都市であったということに尽きるというのが真実なのです。

また、「このような広島市の歩みは、日本の近代から現代への歩みと同じ」という記述は、「広島よおごるなかれ」というおごり高ぶった論文を発表した本島等前長崎市長が展開する「原爆は、日本のアジア侵略百年の終結点」といった原爆正当論と全く同じ論理構成です。「日本の近代から現代への歩み」が原爆投下を招いたとする、こうした「日本が悪かったから原爆が落とされた」という「因果応報」「自業自得」あるいは「天罰」的な原爆への誤解は、日本の「侵略・加害」を過度に教え込む現在の歴史教育では最も陥りやすい「原爆正当論」であり、これを助長するような教科書記述は厳に戒められなければなりません。その意味でも、本書は極めて悪質です。〈注C〉。

本書は原爆投下に関するデタラメを教え込み、生徒に原爆正当論を植え付けようとしている、恐るべき教科書と言わねばなりません。  

この恐るべき教科書が、来年から全国の中学生の半数以上に与えられることになったのです。その中には、こともあろうに長崎市全ての中学生も含まれていることを告白しなければなりません。「まさか被爆地がこんな教科書を採択するはずがない」と油断していたことが悔やまれてなりません。しかし、それはそれほど事態が深刻だということを示しています。早急な取り組みが必要なのです。(さすがに広島市では採択されてはいませんでした)  

まず、こんな史実に反する記述を検定で通してしまった文部科学省に対応を求めるべきです。原爆投下に関する記述に関しては、他社のものも首をかしげるような問題記述が目に付きますが、文部科学省は扶桑社に対するものも含めて一切検定意見をつけておらず、全くの野放し状態です。

それは、ポツダム宣言を「日本の無条件降伏」を求めたものとする記述(日本文教出版、帝国書院、東京書籍)や、日本がそれを「黙殺」すると声明したことが原爆投下の理由とする記述(帝国書院、大阪書籍、清水書院)―アメリカはポツダム宣言を発表する前日に原爆投下命令を下しています。「黙殺」声明によって原爆を落とすというアメリカの既定方針に何か変化が生じたことを示す証拠は存在しません〈注D〉―などの重要事項にとどまりません。  

「放射能をあびて」(日本文教出版)「放射能の後遺症」(帝国書院)「大量の放射能」(大阪書籍)といった正しくは「放射線」という基本的な事柄―放射能とは放射線を出す能力(性質)のこと、「大量」に「あびて」傷害や「後遺症」が生じるのは放射線の働きによる〈注E〉―さえもノーチェックなのです。原爆に関してはどんな検定意見もつけられない何かタブーがあるかのようです。

東京書籍を筆頭に、このような問題記述がまかり通るのは、私たち日本人自身の中から「原爆投下は非人道的な残虐行為、人類に対する犯罪行為であり、いかなる理由があっても許されない」という基本的な意識が希薄化させられているからではないでしょうか。世に出た中学歴史教科書で、そのことを明白に指摘したものは皆無でした。扶桑社本は申請本の段階では原爆投下に関する記述から独立させてユダヤ人大量虐殺と比較して論ずる試みをしていましたが、検定を受ける過程で削除されてしまったようです。

我が国は、広島に原爆が投下されたことに対し、昭和20年8月10日、スイス政府を通じて次のような抗議文をアメリカに発しています。

「……米国政府は今次世界の戦乱勃発以来再三にわたり毒ガス乃至その他の非人道的戦争方法の使用は文明社会の与論により不法とせられをれりとし、相手国側において、まづこれを使用せざる限り、これを使用することなかるべき旨声明したるが、米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別かつ残虐性において、従来かかる性能を有するがゆえに使用を禁止せられたる毒ガスその他の兵器を遙かに凌駕しをれり。米国は国際法および人道の根本原則を無視して、既に広範囲にあたり帝国の諸都市に対して無差別爆撃を実施し来たり……。而していまや新奇にして、かつ従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性惨虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する新たなる罪悪なり。帝国政府はこゝに自らの名において、かつまた全人類および文明の名において米国政府を糾弾すると共に即時かゝる非人道的兵器の使用を放棄すべき事を厳重に要求す」(朝日新聞・昭和20年8月11日=原文はカタカナ・正漢字)〈注F 。

これは、一国の政府が公式に原爆のかつてない非人道性を告発した世界最初の文書であり、ここに、我が国の原爆理解の原点があるはずです。しかも、これは一人日本のみ思いではなく、当時から良識な世界―アメリカも含む―の人々共通の思いでもありました。当時のアメリカの新聞「ナッシュビル・グローブ」紙は、「日本との戦争でかつてない非人道的な武器である原子爆弾を使用したことを、われわれは少なからず恥じ、また悔やんでもいる。こんな形で勝利を迎えても、けっして素直に喜ぶことはできないのだ」として「何万という人びとの命を奪った原爆。われわれアメリカ人の心には、本当に一点の曇りもないのか」「キリストの教えを踏みにじったというのに…」と問いかけています。〈注G〉  

こうした原爆を告発する世界の声を教科書で紹介し子どもたちに伝えることの方が、中国や韓国の日本の「加害」を理由に原爆を正当化する暴論を教えるよりも、はるかに核兵器廃絶に向けた信念を育む力となるはずです。「国際社会に生きる民主的,平和的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う」と「目標」に定めた中学校社会科の学習指導要領に照らしても、そのような原爆記述がふさわしいのは明白ですから、この東京書籍の記述是正措置を求めることで、正しい原爆記述に向けて、検定や指導の強化を求めていくべきと思います。  

また、こんな問題記述のある教科書を採択した全国の市町村教育委員会にも、その採択責任が厳しく問われるべきです。全国で濃淡の差こそあれ、いわゆる「平和」教育を推進しているはずの教育委員会が、こうした問題記述を看過したことの責任は重いはずです。教育委員会としての明確な対応として、採択のやり直しや、少なくとも採択した責任者として東京書籍に記述を訂正させるよう求めていかねばなりません。長崎市教育委員会には、何より、強く求めていきたいと思います。

更に、当の東京書籍自体に対しても、自主的に記述を訂正するよう求めていくことも必要だと思います。来年四月に実際に教科書が使われるようになるまでには、検定などで見落とされた間違いを教科書会社が自主的に訂正を文部科学省に申請することは珍しいことではありません。捏造石器が発掘された遺跡を事実であるかのように扱った記述の訂正には、教科書会社としての信用が問われるように、この問題でも、東京書籍の見識は問われなければなりません。  

以上の取り組みは、どれか一つだけでは、また、一部の動きにとどまっていては、なかなか効果をあげることはできません。全国的、総合的な取り組みをお願い致します。

【注】

@「目標検討委員会第二回会議の要約―L・A・グローブス少将にあてた覚書」、山極 晃・立花誠逸編『資料 マンハッタン計画』大月書店(平成2年9月)所収
A原爆投下目標選定過程については、吉田守男著『京都に原爆を投下せよ』角川書店(平成4年7月)が詳しい。
B前掲「目標検討委員会第二回会議の要約―L・A・グローブス少将にあてた覚書」
C本島等著「広島よ、おごるなかれ 原爆ドームの世界遺産化に思う」、広島平和教育研究所刊『平和教育研究・年報VOL24』(平成9年3月)所収。なお、この本島論文への詳しい批判については、拙稿「『ヒロシマ』をコケにした本島前長崎市長の妄言」、文藝春秋刊『諸君!』平成九年九月号所収を参照のこと。
Dポツダム宣言発出と原爆投下命令や「黙殺」声明の影響など、当時の状況については、例えば、西島有厚著『原爆はなぜ投下されたか[新装版]』青木書店(昭和60年6月)やガー・アルペロビッツ著『原爆投下決断の内幕』(上下)ほるぷ出版(平成7年8月)が詳しい。
E「放射能」と「放射線」の区別については、佐藤満彦著『放射能≠ヘ怖いのか』文藝春秋・新書(平成13年6月)がわかりやすい。
F終戦50周年国民委員会編『世界がさばく東京裁判』ジュピター出版(平成8年8月)より
Gレジナルド・カーニー著『20世紀の日本人』五月書房(平成7年8月)より。なお、中国・韓国以外のアジアの声については、イドリスノ・マジッド著「原爆投下を反省すべきはアメリカだ」、日本青年協議会刊『祖國と年』平成8年9月号所収を参照のこと。


「長崎の原爆展示をただす市民の会」:〒850-0006長崎県長崎市上西山町19-3

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