2007年度長崎平和宣言について

北村芳正
(自由主義史観研究会会員・長崎原爆の展示をただす市民の会会員)


今日読み上げられた長崎平和宣言は、田上市長が就任後初めてのものだ。
一読、本島等元市長とはもちろん、故伊藤一長前市長と比べても、真摯に偏らない姿勢が感じられて、全体として好感が持てた。
以下、その理由を列挙してみたい。


原爆容認論につながる「反省」など自虐表現が3年ぶりに姿を消す

まず、わが国日本の「反省」を求めていない。昨年までの伊藤前市長の宣言では、これへの言及は本島時代の露骨な色を薄めつつも続いていた。平成14年〜16年の三年間の中断はあったものの、17年から復活していた。それが、今年は3年ぶりに言及がなくなった。

「原爆展示をただす市民の会」は「原爆を落とされた側が反省を表明したら、原爆投下は正しかったということになる。原爆容認論を助長する」と安易な「反省」を慎むように求め続けていた。今年はそれが効を奏したのだろうか。

今年は、原爆容認論を強く批判する内容が強調された宣言だから、矛盾がないようにすれば当然言及は避けざるを得ないとは言え、過去の宣言では平気で矛盾したことを言っていたことを思えば、今回よく是正したものと思う。


アメリカだけでなく、核兵器国・保有国・開発疑惑国を初めて全て明記した

次に、核兵器国・保有国・開発疑惑国の国名を全て明記したことだ。それまでは特に核兵器国五カ国については、アメリカのみの言及でお茶を濁すことが多かった。これも、「ただす会」が核軍縮を求めるべきは全ての核兵器国・保有国・開発疑惑国に対してであるから全て明記せよ、と求めていた。これまでは、「字数に制限がある」「最大の核兵器国がアメリカだから代表させている」といった理由で拒まれていたが、今年初めて実現した。これは、昭和23年に始まった長崎平和宣言史上からも初めてのことだ。

平和宣言にフランスが登場したのは11年ぶり、中国は12年ぶり、ロシアは13年ぶり、イギリスに至っては33年ぶりで批判的な言及としては初めてである。アメリカは平成14年から毎年必ず批判されてきたのだから、これまでの平和宣言がアメリカには噛み付く一方で他の核兵器国には随分と腰が引けていたことが、よくわかる。

今年の宣言は「反核」といいながら対米非難ばかり偏っていた内容から、多少とも改善に踏み出したと言えるのではないか。


平和宣言として初めて北朝鮮の核廃棄への努力を要請  

また、わが国政府に対する要請内容の変わり様である。「核兵器廃絶に向けて、強いリーダーシップを発揮してください」は当然のことだと思われるだろうが、12年前、平成7年の伊藤前市長最初の宣言で日本政府に最初に求めたのが「過去の歴史を教訓とし、アジア諸国の人々と共有できる歴史観を持って、世界平和の構築に努力してください」ということだったのと比較すれば、まさに隔世の感があるほどの変わり様だ。そして、「北朝鮮の核廃棄に向けて、6カ国協議の場で粘り強い努力を続けてください」と、わが国政府に対し北朝鮮の核廃棄に取り組め、と直接具体的に要請したのは、実は今年の宣言が初めてである。過去に二度(18年、15年)言及があるが、いずれも核兵器を巡る国際情勢を説明する中で触れたに過ぎないのだ。

北朝鮮に対して直接要請していない点は惜しまれるが、少なくとも、被爆都市ナガサキが北朝鮮核廃棄を求めていると明確に世界に発信したことになる。これは過去の宣言及び北朝鮮に言及することすらないヒロシマの宣言と比しても、画期的と言える。


「非核三原則の法制化」と「北東アジア非核兵器地帯」について

テレビ報道などでは、非核三原則の法制化を求める部分が大きく取り上げられているが、これは何も今年の宣言が初めてではない。宣言で非核三原則が最初に取り上げられたのは昭和56年、57年から「堅持」が求められ、59年から「厳守」、平成元年から「立法化」、7年から「法制化」が求められているという長い歴史であり、別に目新しいことではない。しかも、「法制化」の要求も8年、11年と言及がない年もある。実は、今年も最初の市当局案には言及がなかった。それが平和宣言起草委員会の強い反発があって復活した経緯がある。市当局は、言及しなかった理由を「北東アジア非核兵器地帯構想に含まれているから」と説明している。この「北東アジア非核兵器地帯」は平成8年に明確に打ち出された。以後一度の中断もなく毎年必ず言及され、今年も登場している(類似の表現は昭和56年から時々現われている)。今年は諸般の情勢から「非核三原則の法制化」に力点が置かれた表現になっているが、長崎市はむしろ「北東アジア非核兵器地帯」に重きを置いていると思われる。  

そして今年の宣言は、この点についても例年にない表現を使っている。「中央アジア諸国や、モンゴルに連なる」とあるのがそれだ。「北東アジア非核兵器地帯」の範囲は、日本と朝鮮半島だとする案が一般的で、長崎市の公式の用語解説でもそう記されている。しかし、その他にもモンゴルをも地続きで含めた案もある(他にもある)。つまり、核兵器国である中国やロシアの領域も含めた構想だ。これは現在成立している非核兵器地帯条約にはないもので、ただでさえ実現性の乏しい「北東アジア非核兵器地帯」を更に夢物語にしてしまうような案なのだが、この案を主張することは、中国やロシアに、たとえ自国の領域内でも核兵器の配備を許さず撤去を求める、という強い姿勢を持つことになる。非核兵器国が核兵器国に対して核兵器の撤去・核軍縮を要求するツールになり得るのだ。もちろん見返りを与えるなら別だが、米国には何の見返りも示さずに核軍縮を要求しているから、その姿勢は他の国に対しても保たれなければ筋が通らないだろう。

今年の宣言で「モンゴルに連なる」と表記したことは、日本と朝鮮半島に限定された「北東アジア非核兵器地帯」構想から一歩踏み出して、近隣の核兵器国により強く当る意志を多少とも秘めてのことではないか、と考えるのは期待のし過ぎだろうか。


懸念も-憲法の理念に「不戦」が初登場

以上、かなりの期待も込めて好感を持った今年の宣言だが、その一方で、懸念される表現もある。 「日本国憲法の平和と不戦の理念」とある。これまで多用されていたのは「平和の理念」である。今年、これに「不戦」が加わった。平和宣言で「不戦」なる語が使われたのは、初めてと思われる。これが使われたのが、憲法九条の改正論議が盛んになっていることから、それを牽制する意味合いを込めてのことだとすれば、問題だろう。

元現在の憲法改正案の主だったもので、憲法の平和理念を否定するものはない。平和理念を堅持しつつ自衛のための軍隊保持を明記する、というのが大方の改憲案なのだ。これさえも認めず、「戦力不保持」部分も変えさせないという一部の護憲論に偏った政治的立場に立っての表現ならば、強く批判し、来年から使用しないように求めていく必要がある。政治的に不偏不党で長崎市民全体を代表する公正な立場から発せられるのが、平和宣言の大原則であるべきだからだ


「長崎の原爆展示をただす市民の会」:〒850-0006長崎県長崎市上西山町19-3

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