日本政府の「原爆容認論」

岡屋多津郎(自由主義史観研究会会員)


◆原爆投下に対する日本政府の抗議

日本政府が、米国の原爆投下は国際法に明らかに違反する戦争犯罪行為であると抗議したのは、ただ一度、終戦直前の8月10日においてだけである。しかし、戦後には、「原爆は終戦を早め、多くの人命を救った」とする米国の原爆容認論に同調する言明をなした。原爆投下についての日本政府の認識のかかる変化については、左翼の反核運動において強く反駁されているところであるが、保守論壇では殆ど無視されている。

まずは、日本政府の原爆に対する公式見解の経緯を追ってみることにする。

広島に世界で初めての原爆が投下された1945年8月6日の四日後の8月10日に、日本政府はスイス政府を通じて米国に抗議文を伝達した。この抗議文は核兵器が国際法上においても、人道法上においても、違反していることを的確に明示した声明文である。ただし、当時放射能による被害がその後遺症を含めて知られていなかったので、それに触れていないのはやむを得ない。抗議文はまず、

本月六日米国航空機は広島市の市街地区に対し新型爆弾を投下し、瞬時にして多数の市民を殺傷し、同市の大半を壊滅せしめた。本件爆弾は落下傘を付して降下せられ、空中において炸裂し、極めて広き範囲に破壊的威力をおよぼすものであった。

と述べ、原爆が地上ではなく空中で爆発し、一地方都市である広島の全域が壊滅したことを、リアルに記述している。日本政府は、新型爆弾が原子爆弾であり、その被害が恐るべきことを充分に認識して、次のように抗議文を続けている。

実際の被害状況に関するも被害地域は広範囲にわたり右地域内にあるものは交戦者、非交戦者の別なく、また男女老若を問わず、すべて爆風及び輻射熱により無差別に殺傷せられその被害範囲の一般的にして、かつ甚大なるのみならず、個々の障害状況よりみるも未だ見ざる惨虐なるものと言うべきである。

と述べ、この原爆兵器が国際法で禁止されている毒ガス兵器を遥かに凌駕する残虐性を有しており、全人類及び文明の名において米国政府を糾弾し、かかる兵器の使用を放棄すべきことを要求している。

◆日本政府、原爆容認論に転換

ところが、この日本政府の原爆認識は戦後に大きく転換した。その事情は次のようである。1963年12月、いわゆる原爆裁判において、東京地裁は原爆投下を国際法上違反と断定し、その理由を判決要旨に次のように述べている。

毒ガス、細菌を戦争に使用することも陸戦規則その他で禁じられている。原爆投下については特別の条約はないが、原爆の持つ破壊力を考えるとき、これと同様に解すべきであって、広島・長崎における原爆の無差別投下は国際法に違反する。

この判決要旨は1945年の政府の対米抗議文の内容と全く一致する。ところが、被告すなわち国側は裁判進行中に次のような陳述をなしてる。

広島市及び長崎市に原子爆弾の投下されたことを直接の契機として、日本国はそれ以上の抵抗をやめ、ポツダム宣言を受諾することになり、かくして連合国の意図する日本の無条件降伏の目的が達成され第二次世界大戦は終結をみるに至ったのである。このように原子爆弾の使用は日本の降伏を早め、戦争を継続することによって生ずる交戦国双方の人命殺傷を防止する結果をもたらした。かような事情を客観的にみれば、広島市・長崎市に対する原子爆弾の投下が国際法上違反であるかどうかは、何人も結論を下し難い。

この日本政府の陳述は米国の原爆容認論の根拠と同じく、早期終戦による人命救助によって原爆投下を正当化する論理である

当然に前記1945年の政府の対米抗議文について裁判時点における政府の見解が質問されたが、これに対し政府はこの対米抗議文を次のように否定した

国は、原子爆弾使用の問題を、交戦国という立場を離れてこれを客観的に眺めると原子兵器の使用が国際法上なお未だ違法であると断定されていないことに鑑み、にわかにこれを違法と断定はできない。

即ち、終戦直前に原爆使用が国際法違反と厳重抗議していたのに、戦後は国際法と断定できないと政府見解を転換したのである。

以上は国内における政府見解であるが、国際的にも同様の見解に転換している。

1980年12月(鈴木善幸内閣当時)、112ヵ国に賛成で採択された、「核兵器の使用はヒューマニティーに対する罪悪である」と明記された国連決議に、中国を除く全核保有国が反対あるいは棄権したが、日本もまた核保有国と同じく反対票を投じた


1995年1月(村山内閣当時)、国際司法裁判所において核兵器の違法性についての意見陳述で、平岡・広島市長と伊藤・長崎市長が、「核兵器は明らかに国際法違反」と証言しようとしたところ、外務省は削除要求をした。しかし、両市長は予定通り、「国際法違反」と証言した。すると、同席した外務省の河村軍備管理・科学審議官は、「両市長の発言中、事実以外の発言は、政府見解ではない」として、両市長の「国際法違反」の発言を個人的見解として斥けた。

1945年8月の政府の対米抗議文の明確な趣旨にもかかわらず、また、広島・長崎市長の国際法違反の意見陳述にもかかわらず、日本代表は国際機関において、“核兵器の使用は国際法違反”と名言することを避けた。

政府はの趣旨を取り下げ、日本政府は米国との同盟強化という国益のために公式に原爆容認論を表明している。そのことを、我々は認識すべきである


尚、現在の日本政府の現状認識の資料として、鈴木宗男議員の「米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問主意書」
、衆議院議員保坂展人議員が提出した「原爆投下への政府認識に関する質問」、それらに対する総理大臣安倍晋三氏の答弁書を下記に記載しておく。

平成十九年七月三日提出
質問第四七三号

米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問主意書

提出者 鈴木宗男

米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問主意書

一 二〇〇七年七月三日付読売新聞記事四面に、「米の原爆投下 政府 戦後は抗議せず」との見出しで、  
 「一九四五年の米国の原爆投下に対し、日本政府はどう対応してきたのか。政府は、長崎に原爆が投下された翌日の一九四五年八月十日、中立国のスイスを通じて『本件原爆(原子爆弾)を使用せるは人類文化に対する新たな罪状なり』と米国に厳しく抗議した。しかし、終戦後は、原爆投下について『米国に対して正式に抗議したことはないはずだ』(外務省筋)という。その背景には、自国の安全保障を米国の核抑止力に頼ってきたという事情がある。このため、日本政府は核兵器の使用そのものが国際法上違法かどうかについても、明確な立場を示すことを避けている。一方で、日本は核廃絶にむけた国際社会の機運づくりということには力を入れてきた。九四年から毎年、核兵器廃絶を目指す国連総会決議を提案、すべてを成立させてきた実績もある。決議は、核拡散防止条約(NPT)体制の強化や核保有国に対する核軍縮要請などを柱とし、『唯一の被爆国』としての日本の姿勢を国際社会に示している。」
  との記事が掲載されていることを政府は承知しているか。

二 第二次世界大戦が終結して以来、政府は米政府に対して我が国に対する原子爆弾投下について抗議を行ったか。

三 二について、抗議を行っているのならば、抗議を行った日にち、抗議の形態、我が国の誰から米側の誰に対して抗議を行ったのか時系列的に明らかにされたい。

四 二について、抗議を行っていないのならば、その理由を明らかにされたい。

五 一九四五年八月六日の広島、同年同月九日の長崎に対する米国による原子爆弾の投下に対する政府の見解如何。米国による我が国への原子爆弾投下は、人類文化に対する新たなる罪状であると政府は認識しているか。
   右質問する。

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平成十九年七月十日受領
答弁第四七三号
  内閣衆質一六六第四七三号
  平成十九年七月十日

内閣総理大臣 安倍晋三

衆議院議長 河野洋平 殿

衆議院議員鈴木宗男君提出米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員鈴木宗男君提出米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問に対する答弁書

一について

 御指摘の報道については承知している。

二から五までについて

 政府としては、広島及び長崎に対する原子爆弾の投下は、極めて広い範囲にその害が及ぶ人道上極めて遺憾な事態を生じさせたものであると認識している。
 先の大戦後に、これらの原子爆弾の投下について米国政府に直接抗議を行ったことは確認されていないが、他方、戦後六十年以上を経た現時点において米国に対し抗議を行うよりも、政府としては、人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器が将来二度と使用されるようなことがないよう、核兵器のない平和で安全な世界の実現を目指して、現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねていくことが重要であると考える。

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成十九年七月三日提出
質問第四五五号

「原爆投下」への政府認識に関する質問主意書

提出者 保坂展人

「原爆投下」への政府認識に関する質問主意書

一 広島、長崎への原爆投下について、政府が把握している被害人員、損壊建物、自然破壊などはどの程度か。

二 こうした被害について、政府はどのように考えているか。

三 なぜ原爆の被害を受けたと考えているか。

四 久間防衛相の発言は、政府の認識・見解を踏まえたものか。

五 原爆投下について、米国政府がこれまでに示した見解を知っているか。

六 原爆症認定の申請者と認定者数を明らかにされたい。

七 一連の原爆症不認定処分取り消し請求訴訟で、国側の主張はどのようなものか。

八 久間防衛相の発言は、こうした国側の主張に沿ったものか。

九 これまでの訴訟結果を明らかにされたい。

十 政府は原爆症の認定基準などを改める考えはあるか。
   右質問する。

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平成十九年七月十日受領
答弁第四五五号

  内閣衆質一六六第四五五号
  平成十九年七月十日

内閣総理大臣 安倍晋三

衆議院議長 河野洋平 殿

衆議院議員保坂展人君提出「原爆投下」への政府認識に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員保坂展人君提出「原爆投下」への政府認識に関する質問に対する答弁書

一について

 広島及び長崎に対する原子爆弾の投下による死没者の数については、広島市及び長崎市が昭和五十一年に国際連合へ提出した資料によれば、広島市においては約十四万人、長崎市においては約七万人であるとされており、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成六年法律第百十七号。以下「被爆者援護法」という。)第一条に規定する被爆者の数については、平成十八年三月末現在で二十五万九千五百五十六人である。お尋ねの損壊建物については、昭和二十年の広島県警察の発表によれば、全焼、全壊、半壊以上又は半焼の被害を受けた建物は約六万八千戸であり、昭和二十五年の長崎市の報告によれば、全焼、全壊又は半壊以上の被害を受けた建物は約一万八千戸であるとされている。また、お尋ねの自然破壊については、把握していない。

二について

 広島及び長崎に対する原子爆弾の投下による被害は、原子爆弾の熱線、爆風及び放射線により、広範な地域で多数の人命を奪い、健康上の障害をもたらすなど、悲惨極まりないものであったと考えている。

三及び五について

 当時の交戦国たるアメリカ合衆国による原子爆弾の投下については、様々な意見があると承知しているが、同国がいかなる意図をもって我が国に原子爆弾を投下したかについては、政府としてお答えする立場にない。いずれにせよ、広島及び長崎に対する原子爆弾の投下は、極めて広い範囲にその害が及ぶ人道上極めて遺憾な事態を生じさせたものであり、政府としては、人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器が将来二度と使用されるようなことがないよう、核兵器のない平和で安全な世界の実現を目指して、現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねていくことが重要であると考える。

四について

 久間前防衛大臣は、政府の認識や見解と同様、広島及び長崎に対する原子爆弾の投下は、国際法の思想的基盤にある人道主義の精神に合致しないものと考えており、原子爆弾の投下を是認するとの趣旨で発言されたものではないと承知している。

六について

 平成十七年度における被爆者援護法第十一条第一項に規定する認定(以下「原爆症認定」という。)についての申請者数は五百六十四人、認定者数は二百三十人である。

七について

 原爆症認定の申請を却下された者が、却下処分の取消し等を求めて平成十五年から集団で提訴している訴訟(以下「集団訴訟」という。)において、国は、却下処分は確立した科学的知見に基づく適法なものであると主張している。

八について

 お尋ねの久間前防衛大臣の発言は、七についてでお答えした国の主張とは何ら関係ない。

九について

 お尋ねの集団訴訟の結果については、これまでのところ、平成十八年五月十二日に大阪地裁において九名、同年八月四日に広島地裁において四十一名、平成十九年一月三十一日に名古屋地裁において四名中二名、同年三月二十日に仙台地裁において二名、同月二十二日に東京地裁において三十名中二十一名について、それぞれ却下処分を取り消す判決が出されているが、国家賠償請求はいずれも棄却されている。なお、それぞれの判決に対し、国は控訴を提起しているところである。

十について

 お尋ねの原爆症の認定基準は、確立した科学的知見に基づいているものであり、現在のところ、これを改めるべき新たな科学的知見の集積等はないものと考えている。

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