南京事件授業案
5つの数字が語る「南京事件」の真実

藤岡信勝(自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授)

◆まえおき

『これから5つの数字を、
小さいものから大きいものへの順番に言いますから、覚えてください。

0 20 26 143 300
 

覚えましたか? もう一度言います。  

0 20 26 143 300 です』  

★ここで誰かを指名して反復させてもよい。


◆ステップ1

『では、これから今日の授業の本論に入ります。中国の南京市にある南京事件の記念館の壁には、次のような数字が書かれています。   

300000 (板書する)  
読んでください。(指名する)  

三十万ですね。これはどういう意味ですか?』

「南京事件で日本軍が三十万人の中国人を殺した、という意味だと思います」

『そうです。中国は共産党が政権を握っています。ですから、南京事件で日本軍が中国人を三十万人殺した、というのが中国共産党の公式見解です。そこで問題です』

【問題1】中国共産党の最大の指導者は毛沢東です。その毛沢東は、一生のうちに何回くらい、南京事件について日本を非難する発言や声明を出したでしょうか。(次の選択肢を板書する)
  
ア)100回以上 イ)50回くらい ウ)10回くらい エ)2〜3回 オ)0回

予想を立てさせ、挙手で予想の分布を調べ、黒板に人数を書き込む。  

★予想はおそらく、イ)の50回くらい、ウ)の10回くらいに集中するだろう。予想の根拠があれば出し合ってもよい。  

『正解はオ)の回です。毛沢東はその生涯のうちで、一度も南京事件について日本を非難したことはなかったのです。  
毛沢東は南京戦について述べたことはあります。南京戦の半年後に、当時中国共産党の根拠地だった延安で講義し、のちに「持久戦論」という題でまとめられた本の中で、「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」と言って日本軍の戦争のやり方を批判しています。日本軍は中国軍をしばしば包囲しておきながら、敵兵を皆殺しにすべきなのに逃がしてやっているから戦争の仕方が下手だと批判したのです。虐殺の非難とは正反対の批判です。これが最初の数字、の意味です』



◆ステップ2

『次に、二つめの数字、20についてやりましょう。ただし、20に「万」という単位をつけて、20万として下さい。この数字は、日本軍が南京を陥落させたときにいた南京市民の数です。
南京は普段は100万程度の人口をかかえているのですが、8月に上海で戦争が始まり、いずれ戦争は首都南京に拡大するだろうと考えられていましたから、お金のある市民は疎開して、残った市民は市外に脱出する手づるや資金のない貧しい人々でした。その人たちは、市長命令で皆、安全地帯と呼ばれる特定の地域にすし詰め状態で収容されていました。そこで問題です

【問題2】中国共産党の公式見解によれば、12月13日に日本軍が南京を陥落させてから1ヶ月半の間に、30万人の南京市民を虐殺したことになっています。
ところで、12月10日、南京には20万人の人口があったことが分かっています。13日に日本軍が占領してから5日後の12月17日、南京の人口は記録によれば、どうなっていると思いますか。(次の選択肢を板書する)

ア)10万人以上減少している    イ)10万人くらい減少している
ウ)3万人くらい減少している   エ)1万人くらい減少している 
オ)20万人のままで変わらない   カ)その他

★ウ)の3万人は、1ヶ月半(45日間)で30万人をわって1日当たりの平均虐殺数を求め、それに占領後の経過日数である5を掛けたものである。占領当初こそ激しい抵抗があり、多数の虐殺者が出たと考えれば3万人以上になり、それ以外の考え方に従えば、ウ)以下になる。  

『正解は、オ)で、人口は20万人のままで変わりませんでした

【問題2−A】12月17日の人口は、南京を陥落させ占領を開始した12月13日と同じ20万人でした。では、それからさらに10日経った12月27日に は、南京の人口はどうなったでしょうか。予想を立ててください。(次の選択肢を板書する)

ア)10万人以上減少している   イ)10万人くらい減少している
ウ)3万人くらい減少している   エ)1万人くらい減少している 
オ)20万人のままで変わらない  カ)その他

★カ)の「その他」を選んだ者がいるときは、その内容を具体的に発表させる。

『正解は、カ)で、人口は25万人に増えています』


◆ステップ3


『20万人の南京市民は2キロ四方程度の面積の安全地帯の中に収容されていました。そこは15人の欧米人が管理していて、毎日、安全地帯の中で起こった事件を記録していました。それを集成したのが『南京安全地帯の記録』という文書です』

【問題3】欧米人が記録した『南京安全地帯の記録』には、1カ月半にわたる事件が517件記録されています。このうち「虐殺」に関係する殺人事件は何件くらいあると思いますか。(次の選択肢を板書する)

ア)500件以上  イ)250件くらい
ウ)100件くらい エ)50件以下  オ)その他

『正解はエ)で、実際の件数は26件です。しかし、このほとんどは、「殺人事件があったという話を(誰かから)聞いた」という伝聞証言で、実際に目撃したという証言はわずか1件にすぎません。その1件も、警戒中の日本兵が不審な人物を誰何(すいか)したところ逃げ出したので撃ったというもので、不法殺害(虐殺)にはあたらないものです。記録にも「合法殺害」と注が付けられています。  
結局、欧米人が記録した文書によれば、信頼できる虐殺の記録はただの1件もありません。記録されている事件の大多数は、略奪、強姦、放火などで、それも日本兵がやったと証明できるわけではありません』


◆ステップ4

『南京虐殺の証拠であるとする写真が、南京の虐殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。南京事件研究者の東中野修道さんたちは、これらの書籍に掲載されている3万件の写真を調べました。そして、同じものを整理してゆくと、南京虐殺の証拠写真とされているものは143点あることがわかりました。そこで、その143点の写真を徹底的に研究した結果、「南京虐殺の証拠写真として通用する写真は1枚もなかった」という結論に達しました。その研究結果は、『南京事件「証拠写真」を検証する』(草思社)という本にまとめられています』


◆ステップ5  

『南京戦直前の1937年11月に、国民党は中央宣伝部に対外宣伝を担当する国際宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300回の記者会見を行い、参加した外国人記者・外国公館職員は平均35人と記録されています。国民党は、毎日のように記者会見をひらき、自らの立場を説明し、戦争を有利に進めようとしたのです。そこで問題です

【問題4】国民党が開催した300回の記者会見の中で、何回くらい「南京虐殺」を取り上げたと思いますか。次の中から選んでください。(次の選択肢を板書する)

ア)ほとんど毎回  イ)100回くらい         ウ)10回くらい
エ)2〜3回     オ)1回も取り上げていない  カ)その他

『正解はオ)1回も取り上げていない、です。国民党政府が話題にしなかっただけでなく、欧米人記者の中から南京虐殺について質問が出たこともありませんでした』


◆ステップ6
『今までのことを復習します。(5つの数字を板書する)    

0 20 26 143 300

この5つの数字を使って、南京事件についてのお話をして下さい』

★生徒を指名する。生徒は、例えば次のようなお話をする。

<まとめのお話(生徒発表)>

 0 :毛沢東がその生涯で南京事件について日本を非難したのはゼロ回

20 :南京の人口20万は日本軍占領後も減少せず、1カ月後には25万に      増え、

26 :市民が収容されていた安全区の殺人事件は26件であり、

143:143枚の南京虐殺の証拠写真はどれも証拠の資格がなく

300:国民党政府が開いた300回の記者会見で一度も南京虐殺に触れ       なかった

『では、最後に、この授業の感想を書いて下さい』

★用紙を配布し、10分程度の時間を与え感想文を書いてもらう。回収して終了

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