悪魔の証明

−写真は、真を写しているか?−


飯嶋七生(自由主義史観研究会会報編集担当)


◆悪魔の証明

分かりやすい例をあげて考えてみよう。
宇宙人はいるのか、いないのか? 
宇宙人が「いることの証明」は、「存在する証拠」を一例でも証明できればよい。しかし、宇宙人が「いないことの証明」は、すべての可能性について「いないこと」を証明しなければならない。つまり、「ないことの証明」は「あることの証明」に比べ、断然、むずかしいのである。この「ないことの証明」は、その立証が困難であることから、「悪魔の証明」という表現がされてきた。

しかし、宇宙人の存在を証明した、と主張する人間の証拠が、宇宙人の解剖写真だったら?そして、それは、巧妙につくられたニセモノ映像だと分かったら?

 

このようなシロモノしか「証拠」として出せないのだったら、やはり宇宙人がいるとは言えない、と考えるのが常識人ではないだろうか。

また、「ワタシは宇宙人に遭った」とか、「UFOに誘拐された」とかの「証言」をうのみにするのも、常識人とはほど遠い。

だからといって、「宇宙人が絶対に存在しない」と「証明」することは、はたして出来るだろうか?否定側が、「宇宙人がいないことを証明」するためには、その存在を主張する側の出してくる「証拠」をひとつひとつ丁寧に否定していくしかない。

南京事件もおなじことである。
 

◆写真は真を写さない−「撮影工作」というプロパガンダ−

「宣伝(プロパガンダ)は作戦に優先する」(郭沫若『抗日戦回想録』)
日本軍に武力では負け続けた蒋介石軍だったが、これを合言葉に、プロパガンダ戦に重点をおき、そしてついには日本を敗戦国とすることに成功する。

悪辣なプロパガンダで日本をおとしめ、国際的に日本を孤立させようと、宣伝処指導下の「国際新聞撮影社」と「中央通信社撮影部」が「撮影工作」をおこなっていたのだ。(注*)


◆プロパガンダ写真の手法

≪キャプションの改ざん≫

昭和3年(1928)の済南事件において、中国兵に惨殺された日本人女性の遺体検分写真。遺体の損傷が激しく、白足袋を履いていたことで日本人女性と判明した次第。それが、第100部隊(関東軍軍馬防疫廠)における人体実験の写真と改ざんされた。加害者と被害者が逆転させられている例。

「土匪のため惨殺されたる鮮人の幼児」と印刷されていた写真が、南京大虐殺記念館では「日本軍は南京で中国の児童を虐殺した」と書き換えられて展示されている。加害者(中国人)が、被害者にすりかわってしまった。

 

これは、元々、日本人カメラマンが、日本軍の中国農村における宣撫工作を撮ったもので、『アサヒグラフ』(昭和12年11月10日号)に掲載された。本来キャプションは「我が兵士に護られて野良仕事より部落へかへる日の丸部落の女子供の群」。しかし、アイリス・チャンの「レイプ・オブ・ナンキン」では、この写真を掲載したうえで「日本軍は、何千という女たちを家畜のように追い立てた。彼女たちの多くは、集団強姦されるか、軍用売春を強要された」と書き換えた、悪質な一例。悲惨な現場にふさわしくない少年少女の笑顔がぼかされ、うしろで綿車を引くおばあさんはトリミングで消された。1997年発行の岩波新書『南京事件』(笠原十九司著)では「日本兵に拉致される江南地方の中国人女性たち」として掲載された。

≪合成写真≫

遠近感があわず、手前にいる人間が後ろにいる兵士よりも小さい。服装が夏服で、南京陥落の12月にはありえない。

≪演出写真≫

  

これは、さまざまな方々が詳細な検証を加えられ、有名になった写真である。もともとは、アメリカの写真週刊誌『ライフ』に掲載されたもので、撮影者は中国人カメラマンの王小亭。第二次上海事変の8月28日午後に、日本の海軍飛行隊が中国軍の軍需物資の集積地になっていた上海南停車場を爆撃したときのものだが、いつのまにか、南京事件を紹介するサイトにまで紛れ込んでいる。
これは、軍需物資の集積地をピンポイント爆撃したにもかかわらず、無垢な乳児が犠牲になったと宣伝するために、巧妙に創られたものだった。

写真検証の詳細は参考文献・サイトや、世界中で閲覧されたYou Tube動画「THE FAKE OF NANKING」(http://www.youtube.com/watch?v=4LbVeadjSbo)や、新しい歴史教科書をつくる会サイトの南京事件研究会会員・福永慎次郎氏の検証文(http://www.tsukurukai.com/07_fumi/text_fumi/fumi49_text02.html )にあたってほしい。

「百聞は一見にしかず」という言葉通り、わたしたちは、ビジュアルに訴えられると、信じ込みやすい。ここにあげたもののように、あらゆる手口でプロパガンダ写真は出回っている。なかには、南京とは言わないまでも、悲惨な現場を写した写真があるだろう。そしてそれは事実かもしれない。だが、そうしたビジュアルとは別に、南京問題を論じるために、この項をまとめてみた。
冷静に、プロパガンダを相対化してから、史料や国際法に照らして、70年前の南京で何があって、何がなかったのか、判断してもらいたい。

(注*)国民党宣伝処長の曽虚白の回想録で「我々は、目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔を出すべきではなく、我々の抗戦の真相と制作を理解する国際友人をさがして、代弁者になってもらわねばならないと決定した。ティンパーリーは理想的人選であった。かくして我々は手始めに、金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、日本軍の南京大虐殺の目撃記録として二冊の本を書いてもらった」と記している。
台湾に眠っていた国民党史料には「対敵宣伝本の編集制作」とあり、それがティンパーリーの『外人目撃中の日軍暴行』であった。
 

◆参考文献

東中野修道『南京事件「証拠写真」を検証する』草思社(2005)
同上『南京事件国民党極秘文書から読み解く』草思社(2006)
東中野・藤岡信勝『「ザ・レイプ・オブ・南京」の研究』(1999)
北村稔『「南京事件」の探求』文藝春秋(2001)
小林よしのり『戦争論』幻冬舎(1998)

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