沖縄集団自決冤罪訴訟の報告

南木隆治(沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会会長)
|
◆大江裁判の長い一日
第三回証人尋問が終わった。
大江健三郎本人が法廷に立つという、今回の裁判のクライマックスであった。11月9日(金)の朝、大阪地裁前に傍聴券を求めて並んだ人数は10時の抽選〆切段階で693名。そのうち、抽選の結果入廷できた方の中で、私が確認できた原告側支援者、関係者の人数は30余名。純粋な支援者で入廷できた人数は、われわれが、被告側を少し引き離していたと分析している。
今回は近畿各地からだけでなく、関東からも多数の支援の方々が駆けつけてくれたおかげで、秦郁彦先生、中村粲(あきら)先生、藤岡信勝先生のお三方にも、入廷し、歴史的現場を見ていただくことが叶った。裁判に結集してくださったすべての皆様、諸団体に深く感謝している。しかし、大江氏や岩波書店を支援する被告側も総力を挙げて、全国から動員した模様で、彼我のバランスは厳しく拮抗しており、裁判の行方は予断を許さない。

裁判のあとには、すぐに弁護士会館にて報告集会を開催し、裁判を傍聴できなかった方々にも御礼と報告の時間を持った。また東京より参加の秦、中村、藤岡、三人の先生方からも意見を頂戴した。
◆藤岡信勝先生のコメント
「集団自決を止めるべきだったのはいつの時点か」との徳永弁護士の問いに対して、大江氏は「『そばに来るな。どこかに逃げろ』と言えばよかった」などと答えているが、大江氏は当法廷で、赤松氏個人を批判したのではなく、軍の命令を批判したのだとの主張に徹していたはず。赤松隊長がもし更に上官より「集団自決させよ」との命令を受けておれば、自決を止めさせようとすること自体、起こるはずがなく、大江氏は完全に論理矛盾をきたしている。
◆被告側の論点ずらし
そもそも、被告大江健三郎は『沖縄ノート』のなかで、こう書いていた。
「部隊は、これから米軍を迎えうち長期戦に入る。したがって住民は、部隊の行動を妨げないために、また食料を部隊に提供するため、いさぎよく自決せよ」
と、赤松大尉・原告梅澤少佐による命令が出たことを断定していたのである。
だが、赤松・梅澤両隊長による自決命令が存在しないことが明らかになるにつれ、被告側は論点のすり替えを始めた。
大江氏は『沖縄ノート』について「元守備隊長二人が命令を出したと記述しておらず、二人を特定していない」と強調し、「集団自決の責任者個人への非難でなく、日本人や戦後民主主義を問い直した論評だ」として名誉棄損の成立を否定したのだ。
原告側代理人の徳永信一弁護士は「大江氏は隊長命令があったとの前提で執筆した。その前提が真実か否かが争点。『隊長には集団自決の責任があった』と抽象的な責任論にすり替えさせてはならない」と語っている。
被告らの論点ずらしの手法を紹介しよう。大きく分けて次の三つがある。
1. 「手榴弾を渡した」ことが命令とする「手榴弾(交付=)命令説」
2.戦前の「共生共死」の思想等政治体制から「命令」があったと論じる「政治体制命令説」
3.慶良間列島での「集団自決」が日本軍の指示、強制等によりなされたとして「命令」があったとする「広義の強制(広義の命令)説」
これらは、いずれも、故赤松大尉・原告梅澤少佐が《直接隊長命令》を出したと断定できるものではない。たとえば、1.は手榴弾を防衛隊等が住民に交付したから「命令」があったと評価できるとするに過ぎない。
3.は主体を何ら特定されない「兵隊」(防衛隊なのかも不明)としたり、住民らが感じた印象・受け取った言動を「命令があったに違いありません」等と個人の評価を含むもので、その内容としても一定しない。
そして、この法廷でも、赤松、梅澤両隊長が直接自決を命じなかったことを認めたうえで、住民に手榴弾が配布された例を示して、「当時は『官軍民共生共死』の考え方があり、住民が自決を考えないはずがない」と、その考え自体が軍の強制だったと述べた。
◆梅澤さんの決意
「戦争を知らない人たちが真実をゆがめ続けている。この裁判に勝たなければ私自身の終戦はない」
戦後、大阪府内で会社勤めをしていた昭和33年、週刊誌に「梅沢少佐が島民に自決命令を出した」と報じられた。そして、戦後まもなく発行された沖縄戦記『鉄の暴風』(沖縄タイムス社)で隊長命令説が記述され、沖縄の文献などに引用されていることを知った。
「お国のために戦ってきたのに、なぜ事実がねじ曲げられるのかと愕然となった。屈辱、人間不信、孤独……。人の顔を見ることがつらく、家族にも肩身の狭い思いをさせた」
高齢を押して証言台に立ったのは、自分のためだけではない。無念のまま亡くなったもう一人の元守備隊長と旧日本軍、そして国の名誉を守りたい一心だった。

◆さいごに
原告・被告の勢力が拮抗し、判決の行方が分からないとき、僅差でも勝利した方が決定的な影響力、すなわち、次の歴史を動かす原動力を持つことを、私は確信した。大阪のこの地で、自分たちが、我が国の歴史を真実に導いてゆくのだという気概を皆様と共有したい。
次回、最終の口頭弁論は12月21日、午後1時15分から行われる。
今回の法廷速記録は、恐ろしいほどのスピードでイザブログに掲載されており、また、産経新聞の報道も大変正確である。イザブログの速報は、語り口が実際の尋問とは違い、プロによって統一・整理されている。傍聴席に座ったような臨場感を味わうためにも、是非、ご一読をお願いしたい。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/99444/
特集・沖縄集団自決:虚構の軍命令
2の目次へ 特集の目次へ
|