沖縄問題で報道されない真実

杉本幹夫(自由主義史観研究会理事)

9月29日、来年度から使われる高校教科書の沖縄戦の記述について、文部省の検定意見の修正を求める沖縄県民の大集会が開かれた。主催者発表では参加人員11万人とのこと、これが本当なら、沖縄県民の一割近くになり、大変な数である。

ところが3日付の産経新聞の産経抄では、会場の面積は2万5千平方メートルしかなくしかなく、航空写真から見て到底11万人入っていない。関係者によると最大4万3千人だろうと書いている。そして、かつての大本営発表をそのまま流し続けた朝日新聞と同じだと皮肉っている(尚、その後熊本大学の学生が、航空写真から一人ずつ数えたところ1万3千人しかいなかったと言われる。詳細は、多久善郎氏記事を参照のこと)。  

しかし、このNHK、テレ朝等は30日以降連日、この大集会を写し続けた。この大キャンペーンに押され、町村官房長官は早々に文科省の検定意見の修正ができないかと発言している。

我が家で見るテレビは、NHKとテレ朝が主である。ともに男女高校生位が「嘘を真実と言わないで下さい」と絶叫しているシーンを繰り返し報じていた。これこそは我々が最も要求していることである。この両社は、何故今頃教科書に修正意見がついたかに対する解説がない。

わずかに10月1日のNHK朝7時のニュースでは、大阪地裁の玄関を写しだし、この問題が裁判となっていることを報じているが、裁判で何が争われているのか、どのような事実から、教科書検定官が軍命令説を否認するに至ったのか、がさっぱり分からない。

一方、我が家で購読している新聞は読売新聞と産経新聞である。まず読売新聞がどのように報道しているかを見てみる。29日の夕刊は何も取り上げていない。30日(日)の朝刊で、幅14センチ5段に写真入りで、社会面に取り上げている。今までの最高記録である8万5千人を大幅に上回る記録として報じている。

しかし10月1日は朝刊・夕刊とも取り上げていない。NHKの報道とは全く異なる対応である。しかし2日になると、一面記事に格上げされ、更に四面でも取り上げられ、町村長官発言を取り上げている。

また、夕刊でも文科相「申請あれば対応」と一面記事で取り上げている。3日になると、二面で、野党、国会決議案へと進み、教科書検定に政治の介入を求める野党の声を報じている。そして38面の社会面でかなりのスペースを割き、裁判問題も取り上げているが、表題だけではまったく何も見えない。

さすがに産経新聞は9月30日の新聞で28面の下部に2段記事で沖縄県民集会があったことを報道するほか、1日は全く取り上げず、2日の産経抄で「何か誤解があるのではないか。それとも意識的なすり替えか」と書き、「集団自決の軍命令説が信憑性を失った経緯について、小紙では報道してきた」と書いている。また、5面で「民主、参院決議案提出へ」と書き、政治問題となったことを報じている。  

この問題は法廷では敗北の可能性が高いと判断した、左翼勢力が、数の力で、真実を嘘にしようと企んだものであろう。  

彼らは6月中旬、大キャンペーンを張り、6月22日沖縄県議会で「教科書検定意見の撤回要求」を全会一致で可決した。その動きが関係したのか、担当の教科書検定官が、7月10日付けで更迭された。  

彼らは、教科書検定官を安部内閣の右翼的思想によるものと決めつけた。そして左旋回をした福田政権は忽ちそれに屈し、「教科書への政治権力による修正は許されない」と言いながら、政治権力で介入しようとしている。更に彼らは国会決議で教科書に、近隣諸国条項と同じ、沖縄条項を作るべきだと主張している。  

この圧力に裁判官が正当な判断が出来るか心配になってきた。

私は次の二つの論点について私の意見を述べたい。一点目は集団自決に軍命令、又は軍の関与があったかのかである。

軍命令がなかった事は、梅沢隊長に対する宮城初枝氏の詫び証文により確定的になっている。問題は当時の風潮として捕虜になるより自決しようと言う風潮が軍命令乃至は軍の寄与と言えるかどうかである。  

終戦当時私は小学校6年であった。私は沖縄ではないが、確かに「捕虜になるより死を選べ」といった風潮があった事は否定できない。それはサイパンの万歳クリフ等からも明らかである。  

これは戦陣訓にある「生きて虜囚の辱めを受くる事なかれ」が国民に行き渡っていたからであろう。私の叔父はこの戦陣訓のために「何人の人が無駄死にしたか」と言い、「この戦陣訓を作った東条首相だけは許せない」と言っていた。しかしこの言葉は東条さんが発明したものではなく、江戸時代から引き継がれたものである。日清戦争中に第一軍司令官であった山県有朋も「捕虜となるくらいなら死ぬべきだ」という趣旨の訓令を出している。  

この戦陣訓は命令ではない。あくまで「訓」、即ち教えである。それも軍人に対する教えであり、民間人を縛るものではない。これを広めたのは、マスコミであろう。特にNHKや朝日新聞こそが、この戦陣訓を広めた犯人であろう。確かに報道に関して規制や検閲があったことは事実である。しかし放送こそNHKしかなかったが、多くの新聞があった。何を報道し、何を報道しないかの自主性はあったはずである。各社の紙面は同じではなかった。

二点目は手榴弾がどこから供給されたかである。  

満州事変以降沖縄にも国防の意識が高まり、在郷軍人を主体とした。義勇軍が各地で編成された。問題の八重山諸島でも、昭和9年編成されている。昭和19年7月には在郷軍人会沖縄支部の推進により、各町村に防衛隊が編成された。自決用に用いられた手榴弾はこの防衛隊に支給されたものである。現地に駐屯する部隊にとって、手榴弾を防衛軍に渡すことは、自らの戦力低下につながる。防衛隊からの要請を断ったことは梅沢・赤松隊長の証言により明らかになっている。  

彼らと意見が一致するのは、歴史の真実を伝えなければならないという事である。大衆の力により歴史がねじ曲げられることこそ厳に慎むべきである

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