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特集
韓国・北朝鮮に謝罪は必要なのか?

Q&A
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Q&A:創氏改名の真相は?
<質問>
日本は韓国式の名前を禁じ、日本式の名前を強要しました。これは韓国の家族制度を否定し、日本の家族制度を導入しようとする物だったのでは?
<回答>
「創氏改名」については極めて誤解されて伝えられています。日本は韓国式 の名前を禁じたことはありません。韓国式と日本式の名前の2つの名前を持つことにしたのが、「創氏改名」です。
創氏改名とは日本式の名前を持ちたいという要望に応えるためのものでした。皇紀2600年(1940年)の紀元節を祝って、台湾では改姓名の件、朝鮮では創氏の件と改氏名の件と呼ばれる民事令の改正が行われました。改姓名の件と改氏名の件は基本的に同一で、「姓名(台湾)・氏名(朝鮮)を変更したい人は願いを提出してください。条件が合えば許可します。」と言うものでした。
ここで注意すべきは朝鮮では創氏の届があり、その後に改姓名ではなく、改氏名だと言うことです。朝鮮では同姓の結婚は許されません。そのチェックの為には姓は一生変える事は許されません。姓は戸籍に残されました。そして家族単位の氏名と朝鮮
古来の姓名と2つの名前を持つことにしたのが、創氏改名です。創氏の届は6ヶ月以内に提出することになり、届出をしない人は、戸主の姓が氏となりました。届を出した人は設定創氏と言われ、届を出さなかった人は法定創氏としてすべての人が創氏したのです。
台湾では同姓の結婚禁止はないので、改姓名で良かったのです。氏を創るに当たっては朝鮮式の姓と紛らわしいものは認められませんでした。金さんが朴さんと創氏すると、「朴さんだから結婚できると考えていたら、調べてみると姓は金さんなので結婚できない」と言う悲劇を防ぐためです。朝鮮式の姓を奪ったことは一切ありません。韓国式の家族制度を守るために、氏名と姓名の2つの名前を持つことにしたのです。
<質問>
それでは目的はただ「日本式の名前を持ちたいという要望に応えるため」だけですか。それでは何故強制したのですか?
<回答>
基本は紀元節のお祝いとして、日本式の名前にする事を許すと言うことです。ただ朝鮮では日本式の名前を強く推奨したのです。
朝鮮で、日本式の氏名を持つことを推奨した理由は、南総督が「古来心を整える第 一の道は形を整えることにある」とした事です。一方台湾では「日本人か台湾人か分からなくなる」といって厳しく資格審査しました。朝鮮でも警察関係は「日本人か朝
鮮人か分からなくなる」といって反対だったのです。その結果朝鮮では80%の人が創氏の届を出したのに対し、台湾では改姓名を許可されたのは2%にも達しませんでした。形を整える事が極
めて重要だと言うことは、例えば礼儀作法を教えるに当たり、衣服を整える事が第一歩である等首肯できる意見です。又日本式の名になることにより、帝国臣民の一員になったと感じることも否定し難いと思います。
宮田節子氏はこの創氏改名の目的について、内務省機密文書中に次のような文書が見つかったとして、徴兵制の導入が目的だったと主張しておられます。その文書には
「もし軍隊中に金某、李某等混じりたりとせばに思いを致さば、その利弊又自ら明らかなるものあり」と創氏改名の成果を謳っているといわれます。
しかし当時は既に支那事変は始まっていました。北支戦線では金錫源少佐が大活躍 し、後に中将まで栄進した洪思翊も現役で活躍していました。又志願兵制度が既に始まっており、この前年の昭和一四年には600人の採用に対し、12000人も応募しています。軍隊の中に朝鮮姓の人がいても何ら支障がありません。むしろ台湾で心配したように、日本式の姓名でありながら、反日的な思想の持ち主がいることの方がよほど危険なのではないでしょうか。名前を変えたからといって、簡単に心まで変わるものではありません。
朝鮮総督府でも、台湾総督府と同じ理由で三橋警務局長は大反対で、南総督から 「強制はしない。警察は協力しなくて良い」との言質を取ったと言われています。こ
の事は宮田氏も認めています。徴兵制との関係は考えすぎではないでしょうか。
強制のルートとして考えられるのは、警察のルート、先生のルートと地方官僚のルートの三つです。
前述の如く警察機構は動きませんでした。先生には強い勧奨力はあっても強制権は ありません。問題は地方官僚のルートです。当時地方官僚のトップである、日本の県知事にあたる道知事は13人居ました。その内5人が朝鮮人でした。その中で孫永穆
全羅北道知事と兪萬兼忠清北道知事は設定創氏していません。終戦時には孫永穆江原 道知事、金大羽慶尚北道知事、鄭僑源忠清北道知事の3人、朝鮮人と分かる名前があります。地方官僚のトップが創氏の届を出さないにも拘わらず、地方行政が組織として創氏改名に動いたとは思えません。宮田節子氏も高位にいる人ほど創氏届の提出率は低かったと言われています。高位にいた人で設定創氏しなかった人としては李王垠、衆議院議員朴春琴、洪思翊中将等がいます。
(杉本幹夫/自由主義史観研究会理事)
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