特集
日本とは「武の国」であった


杉本幹夫(自由主義研究会理事)

崔基鎬は「日本は武の国であり、朝鮮は文の国であった。これが日本と朝鮮の発展の根本的な違いになった」と言っている。
確かに日本は十二世紀後半、平清盛が政権をとって以来、大東亜戦争に敗れるまで、武士階級又は軍部が政権の中枢にあった。それに対し朝鮮では、高麗朝以降十二世紀後半、武臣政変で一時的に武官優位の時代があったが、日本統治が始まるまで、一貫して文官優位の政治であった。
日本では武士としての心構えは武士道として語り継がれていた。しかし戦後アメリカの「二度と日本が立ち上がれないようにする」との政策・それを利用したマルクス主義勢力により、「武の国」は崩壊の一歩手前まできている。

武士と文官との根本的な違いは、一旦有事に対する心構えの違いである。この違いが忠と孝、公と私のどちらを優先するかにかかってくる。本来儒教は孝が第一で忠に優先する。しかし日本では忠、即ち公を優先することにしたのである。

忠と共に重視されたのが義である。
新渡戸稲造がその著『武士道』で、最も重視した徳目は「義」であった。義とは人として踏み行うべき正しい道である。正義とか信義等である。「義を見てせざるは勇なきなり」として、忠・義のためには死をも辞さない。それが武士道である。
死を恐れない軍隊ほど強い軍隊はない。廬溝橋事件が発生した時の日本軍は僅か5600人、対する宋哲元軍は10万人であった。大東亜戦争でも圧倒的に火力に勝る米軍を相手に善戦した。まさに同等の火力を持たせれば世界最強の軍隊だったのである。

武において必要なことは気概・気迫である。相撲でも横綱の条件として必要なことは心・技・体と言われる。心が第一である。

江戸時代の滝沢馬琴は、人間の守るべき徳として「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八項目をあげ、これをテーマに南総里見八犬伝を書き上げた。彼がトップにあげたのは仁である。人としての思いやりである。新渡戸も又、義、勇についで、仁をあげている。愛、寛容、慈悲といった概念である。これは先々月号に書いた「日本は和の国」に通じる。そして今日、世界で最も貧富の差の少ない国となったが、これも古来「仁」が重視されている結果であろう。

ヨーロッパ旅行をして感じたのは、教会や宮殿の豪華さである。
又梁に彫刻された担ぐ人の悲惨さと、担がれる人の風貌・衣装の豪華さであった。それに対する日本の城の質素さは、日本の大名が如何に領民の事を考えていたかを感じさせる。

又、広辞苑によれば、「武士道」とは「忠誠・犠牲・信義・廉恥・礼儀・潔白・質素・倹約・尚武・名誉・情愛などを重んじる」とある。「質素・倹約」といった徳目が入っている。これは非常時における蓄えの問題であろう。この問題から、質実剛健な気風を作った。

戦後、日本に統治された韓国・台湾が先進国の仲間入りしたのに対し、アメリカが統治したフィリピンは未だに立ち上がれない。この最大の原因は「公」を重視した武士道教育にあったと、私は思っている。その一方武を否定された日本は、戦後世代が主導権を握ると共に犯罪が多発し、普通の国に堕しつつある

『日本とは、どのような国ですか』の目次へ   特集の目次へ