特集
国旗・国歌について


渡辺龍二(自由主義史観研究会会員)

みんなの目につくところに掲げられている「日の丸」の旗を引きずり降ろしたり、行事の時に「君が代」の演奏や斉唱を妨害する人がいるそうですが、これは果たしていいことなのでしょうか?
勿論、悪いことです。世界の国々はその国を表すシンボルとして国旗や国歌を持っています。そして自分の国のものでも外国のものでも、どこの国の国旗や国歌でも私たちは尊敬して扱わなければいけません。


Q1:「日の丸」や「君が代」に反対する人がいるのに、なぜ別の国旗や国歌にしないのですか?

「日の丸」と「君が代」が日本の国旗と国歌として、最も国民に支持されているからです。

最近の新聞社やいろいろな世論調査でも「日の丸」を日本の国旗と思う人が8〜9割であり、「君が代」が日本の国歌と思う人が6〜7割います。これは「日の丸」や「君が代」に替わる別の国旗や国歌の支持者が2〜3割いるということではありません。「日の丸」や「君が代」を代えるなら、別のデザインの旗や別の歌を正式の国旗や国歌にすることの賛成を問わなければなりません。

しかし、現在のところ「日の丸」や「君が代」に替わって国民に広く支持される旗や歌はありません。国民に支持されている国歌や国旗を替えろというのは少数者の横暴です。そして国会でも多数の議員が賛成して 平成11年8月に「国旗及び国歌に関する法律」が制定され、「日の丸」と「君が代」が日本の国歌であることが法律上も確認されています。

○日の丸の歴史

日の丸が日本を代表するようになったのは、幕末の安政五年(1854)の江戸幕府の「異国船に紛れざるよう日本総船印は白地に日の丸幟」からです。その後に「御国総標」としていわゆる国旗として取りあつかわれるようになり、咸臨丸で幕府の使節団が米国に渡った時は、米国民は日の丸と星条旗を掲げて使節団を歓迎しました。それが明治維新後も引きつがれたわけです。

明治になって日の丸が日本の国旗であるということは国際的にも国内的にも常識になりました。国旗や国歌は必ずしも法律で定めなくてはならないものではなく慣習によって定まる場合も多いので、日の丸が日本の国旗となったのは明治の初めと言ってよいでしょう。もっとも日の丸は「日出ずる国」のシンボルとして歴史上はもっともっと古くから日本人に親しまれています。

○君が代の歴史

明治2年に海軍の依頼で国歌を作るために、イギリス公使館軍楽長のフェトンが君が代の歌詞に曲をつけたのが最初です。しかしその曲は君が代の歌詞に合わなかったので、明治13年に宮内省雅楽課の林広守氏らが歌詞に合うように雅楽の旋律で作曲し直し、それを海軍省の軍楽隊教師のドイツ人のエッケルトが編曲しました。法律では決められませんでしたが、君が代が国際的にも国内的にも日本の国歌と認められ定着したのは明治の半ば以降です。

君が代は古くから歌われてきたようですが、歌詞が古文書に表れたのは、今から千年以上前の平安時代の古今和歌集に読み人知らずとして記録されています。この歌がさらに人々に歌われる間に一部が変化して、平安時代末から鎌倉時代初期になって和漢朗詠集などに今日そのままの君が代が登場します。鎌倉時代以降は祝歌として広まり祝賀用の愛唱歌として多くの人に親しまれました。江戸時代には仮名草子、浄瑠璃、長唄、謡曲、舟歌、盆踊歌、門付歌にまで広がっていました。


Q2:国旗や国歌について気をつけなければならないことはありますか?

国歌や国旗に対して敬意をはらわなければいけないのは世界の常識です。

一般的な決まりですが、国旗を1本立てるときは家に向かって左側に立てます。ビルの窓からたらす時はさおを横に出して国旗をたらします。

日の丸と外国の国旗を壁に向かってならべる時は、外国の国旗を左に日の丸を右にします。国旗が3つの時は、日の丸を真中に外国の国旗をABC順に左・右にします。国旗が4つより多い時は総ての国旗を左からABC順に並べます。旗の数が奇数の時は日の丸を真中にする時もあります。

また、国旗の上下をまちがわない(英国のユニオンジャックなどはまちがいやすいので注意が必要です)ようにするとか、半旗(旗ざおの半分の位置で掲揚する)にしてはいけないなどの注意点があります。

行事や式典などで国旗が掲揚されたり国歌が斉唱される場合は、たいていは起立して敬意を表します。国によっては右手を胸にあてたり軍人は額の横に手をあてて敬礼をしたりします。また、歌わない場合も、国歌への敬意を表して起立して脱帽するのが一般的です。

しかし、これはマナーであって信念を持ってその国旗や国歌に反対するのなら、それは個人の思想信条の自由です。例えば日本国内において国歌や国旗への尊敬を拒否しても、刑法の「外国国旗国章損壊罪」にならない限り罪にはなりません。しかし、式典や儀式を妨害する行為は罪になることがあります。例えばオリンピックの表彰式の時に国旗掲揚や国歌斉唱を無視したりするのはマナー違反にすぎませんが、オリンピックの式典の国旗掲揚や国歌斉唱それ自体を妨害するのは許されません。

また、日本国内では外国の国旗を侮辱した時の罰則があるだけで、自国の国旗については国民の良識に任されています。しかし、韓国やドイツやイタリアやフィンランドや中国のように自国の国旗を侮辱すると罪になる国も多くあります。それに罪にならなくてもその国の人たちが怒って暴力行為が生じることもあるので、外国に旅行したり滞在する時はマナーに気をつけるべきです。

でも何も難しいことではなく、普通に他人を思いやる気持さえ持っていればいいことです。とにかく外国の国旗はその国民の象徴なので、国旗を侮辱するようなことは、その国の多くの人たちの心を傷つけることだからやってはいけないことです。もちろん日の丸に対しても同じです。

長崎国旗事件

昭和33年に長崎国旗事件というのがありました。長崎市のデパートで「中国の切手、切紙、錦織」展示即売会があり、その時に天井の蛍光灯から吊り下げられていた中華人民共和国(中共)の旗を暴漢が引きずり降ろした事件です。この時は日本は中華民国(台湾)と国交があり中華人民共和国(中共)とは国交がなかったので、その旗を外国旗とはみなせず「外国国旗国章損壊罪」にはなりませんでした。犯人は「軽犯罪法違反」で五百円の科料になりましたが、日中の貿易協定は破棄され日中貿易が中断になりました。


Q3:「君が代」は天皇制国家をたたえる歌だから憲法に反すると教えられたのですが本当ですか?

嘘です。

日本国憲法第一条は天皇を日本の国と国民統合の象徴としています。もちろん憲法も直したり時代にあったように改正していかなければなりません。しかし、国民統合の象徴としての天皇をたたえる国歌は憲法第一条に合ったものであるし、むしろその点においては「君が代」を否定する方が現行憲法に反対の立場です。

○日本国国歌 「君が代」

君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて こけのむすまで


Q4:「君が代」のように天皇や王をたたえる国歌は日本とイギリスだけしかないと聞いたのですが?

いいえ、世界各国の国歌の中には王様をたたえている歌がたくさんあります。

オランダ・デンマーク・スウェーデン・タイ・ネパール・トンガ・・・などです。つけ加えるなら、デンマークやオランダやスウェーデンをみても立憲君主の存在と民主主義は必ずしも矛盾するものではありません。君主制の反対の言葉は共和制であり、民主主義の反対の言葉は北朝鮮や中国などのような独裁(王様でも共産党でも)なのです。

○英国国歌とオランダ国歌

民主主義の本家本元の英国国歌も王をたたえる歌です。英国は憲法や基本的な法は国民の間に根づいた習慣を法律とする国なので、基本的な決まりは議会が制定し文章で書かれた法律で決まっていません。国歌や国旗に関することも慣習と伝統によるものです。

英国国歌は公式行事では、第一節だけが歌われます。

「神よ女王を守らせたまえ」

神よ 私たちの慈悲深い女王を守らせたまえ、 私たちの高貴な女王が長く生きんことを、神が女王を守らんことを、 勝利と幸福で栄光の女王が、長く私らを治めんために、 神よ女王を守らせたまえ

God save our gracious Queen !
Long live our noble Queen !
God save the Queen !
Send her victorious,
Happy and glorious,
Long to reign over us,
God save the Queen !

オランダ国歌は世界中の国歌の中で一番古いといわれています。歌詞は1570年頃で曲の記録は1570年頃です、歌詞は「君が代」のほうが古いとオランダ人も本などに書いているそうです。15番からなる歌詞は WILLEM VAN NASSOVの各文字から始まっています。
歌詞は一番のオラニエ公ヴィルヘルムスの自己紹介から始まりますが、今日唱われるのは1番と6番だけです。オランダ国歌はいくつかの定められた機会以外には軽々しく歌ってはいけないことになっています。

「ヴィルヘルムス・ファン・ナッソー」

ナッソーのヴィルヘルムス、 
ドイツの由緒ある 家系の子孫、
私はこの国に 永遠の忠誠を 捧げます。
私はオラニエの 勇気あるプリンス、 
スペイン国王に 変らぬ忠誠を誓ってきました。
その家柄を はずかしめず 忠誠を イスパニア王に誓う


Q5: 「日の丸・君が代」に戦争責任があると教えられたのですが?

国旗や国歌と戦争責任とは関係ありません。

残念ながら現実には世界中のほとんどの国が数多くの戦争をしてきましたし、今後もすぐに地球上から戦争がなくなることはないでしょう。そして戦争責任は善悪の問題でもあり、その定義も人によってちがいます。また現実に戦争責任を問われるのは負けた国だけです。

善悪のわかりやすい例では、かつて西ヨーロッパの先進国は世界中を戦争で植民地にして、有色人種の独立国は日本などほんの数えるだけしかありませんでした。また、フランスの仏印戦争やアルジェ戦争、イギリスの阿片戦争なども善悪のわかりやすい例です。

そして戦争や紛争の時に国旗を象徴として国民が団結したり、国旗を敵味方の区別に使うことがあるのは世界のどの国も同じです。だからといって国旗や国歌自体に戦争責任があるという主張はこじつけだし、またそういうことを言う人は日本の「日の丸」や「君が代」に反対する人しかいません。

例えば、今年の4月にはアメリカとイラクの戦争がありました。どちらに戦争責任があるかという問題が議論されることがあったかもしれませんが、それと国歌や国旗の問題とは全く関係ありません。アメリカやイラクに対して、戦争責任があるから国歌や国旗を変えろとの要求はありません。それは第二次大戦でもベトナム戦争でも同様です。

○フランス国歌 「ラ・マルセイユ」

さあ、祖国の子供たちよ、栄光の日がやってきた。
我らに向かって、暴君の、血塗られた軍旗がはためいている。
聞こえるか? 戦場で、獰猛な兵士どもが唸り声が。
我々の息子や仲間たちの首をかき切るために、
奴等は我々の腕の中までやって来ている。
武器を取れ、市民たちよ、隊伍を整えよ
進め  進め  
不浄の血を、我らの田畑に吸い尽くさせるのだ


Q6:アジアの国や国民は「日の丸・君が代」に反対しているのですか?

そういうことはありません。日本国内で「日の丸・君が代」に反対する人が、そういう口実で宣伝しているだけです。

一部の人がデモなどで本来は尊重すべき他国の国旗を焼いたりするこがあります。この意味での侮辱は世界中で星条旗が一番多くの被害にあつています。しかし、戦争をしていないのに、ある国が公式にまたは国民の大多数がそのようなことをすることはありません。

世界の国の中でしばしば日本を批判するのは、北朝鮮と韓国と中国です。しかし、その北朝鮮や韓国や中国の政府や大多数の国民も、日本人が日本国内で「日の丸」を掲げたり「君が代」を斉唱することに反対したりはしていません。また、オリンピックやワールドカップや公式行事や国際会議などで「日の丸」の掲揚や「君が代」の演奏に反対しているということもありません。

そもそも他国に対して国歌や国旗を変えろということは普通はあり得ないことです。つまり特殊な運動家は別にして「日の丸・君が代」を変えろということを要求する国や国民はありません。例えば、北朝鮮は日本人を拉致したり麻薬や偽札の取引にからんでいますが、そういう悪いことをしている北朝鮮に対してさえも、国旗や国歌を変えろと要求するような人はいません。国旗のデザインや国歌が悪いから、国が悪くなるのではありません。戦争に負けたり国が悪くなったりすると、その国の国旗や国歌のイメージが悪くなるのです。

朝鮮民主主義人民共和国国歌

朝をこの土地の銀と金で光らせよ、自然の富であふれた三千里。
私の美しい祖国。
五千年の歴史とともに。
光り輝く文化の中で育てられた 人民のこの栄光
私たちの体と心を捧げよう  この朝鮮を永遠に支えるために。

白頭山の空気を含みながら 労働の聖なる気象は、
堅い意志、真理で結ばれた、全世界へ広まるだろう。
舞い上がる力で荒れ狂う波を胸で切りながら 人民の意思によって設立された国
限りなく豊かで強い。
この朝鮮を永遠に称賛しよう、


Q7:アメリカでは、バーネット事件という最高裁の良心的な判例があるために、政府が学校に国旗を強制することはないと聞いたのですが?

「日の丸・君が代」に反対する人たちが、バーネット事件をしきりに宣伝して日本もそうあるべきだなどと述べていますが、たいていは問題のすりかえです。

今もアメリカの学校の建物や教室の黒板の横などには星条旗がはためいています。日本のように卒業式や入学式の時に掲揚するかどうかが問題になっているのではなく、法律で授業の期間中はずっと星条旗を掲揚していなければならないのです。

この1943年のバーネット事件というのはエホバの証人という宗教を信じている子供が星条旗への敬礼を拒否して問題になりました。その子に星条旗への敬礼を強制してはいけないという判決です。その敬礼は「国旗と国旗が表象する共和国、すべての国民に自由と正義をもたらす不可分の国家に忠誠を誓います」と朗誦されている間は、手の平を上に向けて右手を挙げておくというものです。もし従わなければ退学になり、さらに「違法欠席」 で起訴されたり、その結果によっては両親まで有罪となる可能性もありました。もちろんこの判決は学校で国旗を掲揚したり宣誓することを禁止する判例ではありません。

現在のアメリカの公立小中学校では 授業が始まる前にみんなが立ちあがり、右手を左胸の上にあて、「I pledge allegianse to the flag of United states of America,」
と星条旗に宣誓します。アメリカ市民権をとる場合も星条旗のデザインに関するいくつかの基礎知識を聞かれたり星条旗に宣誓したりします。

アメリカでは日本と異なって国旗が生活の中にあふれています。例えば現在の大リーグでは日本人選手の活躍も目につきますが、イチローのいるマリナーズと松井のいるヤンキースの試合でも必ず国歌が斉唱されます。人気シンガーなどが生の歌声を球場に響かせます。国歌斉唱の間はイチローも松井も胸に手をあてます、この試合前の国歌斉唱は大リーガーの第一歩と言っても過言ではありません。

○アメリカ合衆国国歌 「星条旗」

夜明けの薄明かりの中で、我らが誇り高く呼びかけるあの旗が見えるか
夜通しの激しい戦闘の中にも、要塞に勇ましくはためき続けた、
あの星条旗は誰のものなのか
砲弾が赤く閃光を発し、砲弾が空に炸裂する中にあっても、
我々の旗はずっと要塞にはためき続けていていたのだ
星を散りばめた美しい旗は、自由の地、勇者たちの地に
今もはためいているのだろうか

<The Star Spangled Banner>

Oh, say can you see by the dawn's early light
What so proudly we hailed at the twilight's last gleaming?
Whose broad stripes and bright stars thru the perilous fight,
O'er the ramparts we watched were so gallantly streaming?
And the rocket's red glare, the bombs bursting in air,
Gave proof thru the night that our flag was still there.
Oh, say does that star-spangled banner yet wave
O'er the land of the free and the home of the brave?


Q8:第2次大戦の敗戦国のイタリアとドイツは反省して「国旗」を代え、イタリアは「国歌」も代えました。またドイツ国歌の曲は戦前・戦後を通して同じですが、歌詞の中の「世界に冠たるドイツ」のような部分はやめて3番だけ歌っています。日本も見習うべきでは?

その言い方には嘘があって正確ではありません。

そもそも国旗と国歌は国と国民の象徴なので、国民の大多数が別の国旗や国歌の方がよいと考えれば変更が必要になることがあります。例えば、ルーマニア・アルバニア・ユーゴ・ブルガリアなどの国の国旗は赤い星や歯車や麦の穂などの紋章がついていましたが、ソ連の影響を脱した後にそれらの紋章はとりのぞかれました。

イタリアは「国王行進曲」が国歌でしたが、1946年に王政が廃止されたので共和国議会が「マメーリの賛歌」を国歌に決めました。イタリア国旗も王国から共和国になったので中央の王家の紋章を外しました。もともとイタリア国旗はフランス三色旗の青を緑に変えた緑白赤の3色旗がチスパダーナ共和国の時にでき、後のチザルビーナ共和国などイタリア統一のシンボルとしてあったのを、1860年にサルデーニャ王国が成立して、真中の白の部分にサヴォイア家の紋章をつけた三色旗が憲法で国旗として制定されました。この3色旗が国旗とされているので、王家の紋章を外してもその三色旗にかわりはないのです。

戦後のドイツの国旗は、ナチスが由緒あるドイツ国旗をカギ十字に変えたのを本来のドイツ国旗に戻したのです。また、ドイツ国歌はナチスも代えなかったので、戦後もナチス時代と同じものを使っています。

○イタリア国歌とドイツ国家

イタリア国歌の作詩者マメーリは、1847年に赤シャツ隊の義勇兵としてイタリアの国家統一運動に参加して、従軍中にこの「イタリアの兄弟への賛歌」を作詩しました。歌詞は4番まであります。

「マメーリの賛歌」

イタリアの兄弟よ、スキピオの兜を頭にいただき
イタリアの国、いま目覚めぬ
勝利の女神、いずくにありや
わがイタリアは主の創りたもうたローマの僕
そのうるわしき髪をささげん
いざ隊伍を組め、死ぬ覚悟はできている
美しきイタリアに召されて

ドイツ国歌の曲は18世紀のハイドンがつくった「皇帝讃歌」で、作詞は19世紀の詩人ファラースレーベンのものとされています。国歌は19世紀から変更はなくドイツ国民に歌い継がれてきましたが、現在は3番だけが歌われています。

なぜかというと一番は「マース河(現在オランダ領)からメーメル河(現在リトアニア領)まで エッチュ河(現在イタリア領)からベルト海峡(現在デンマーク領)まで」という歌詞があって「外国を刺激する」からです。二番は「ドイツの女性、ドイツの誠実、ドイツのワイン、ドイツの家」というような歌詞なので「内容がない」からだそうです。

「ドイツ」

団結と正義と自由を 父なる国ドイツへ。
これこそ われら同胞が 全身全霊で 求めてやまぬもの
団結と正義と自由とは幸福の礎 この幸福の光りの中に
栄えあれ父なる国ドイツ


Q9:平成11年8月に「国旗及び国歌に関する法律」が制定されたのは日本が軍国主義化しているからですか?

違います。少数の人の横暴から多くの国民の気持を守るためにひとつ法律が増えたのです。

この法律は、「第一条 国旗は、日章旗とする。第二条 国歌は、君が代とする。」の2条だけで、日の丸と君が代が国旗・国歌であることを確認したにすぎません。日の丸と君が代は国民の間に定着していて、これまでも国際的にも国内的にもいろいろな行事でずっと使用され国旗・国歌として扱われてきました。だから日本の国旗や国歌は英国のように慣習に基づいたままでもよかったのです。

しかし、「君が代と日の丸が、何の法的根拠もなしに、一方的に国歌・国旗として扱われるのはおかしい。これは世界でも異常なことで、成文憲法をもたない英国は例外ですが、他のどの国も憲法や法律で根拠を定めている」などと主張して日の丸と君が代の使用を否定しようとする人たちがいました。しかし、本当は国歌を憲法で定める国、法律で定める国、国会が決める国、政府が決める国、慣習で定める国などさまざまなのです。
慣習で定める国も多く、ベルギー・デンマーク・ノルウェー・韓国・英連邦加盟国・・・などがあります。

また、日の丸と君が代を国歌や国旗として扱うことに反対の人は、「法律で決っていないから根拠がない」という口実で、日の丸の掲揚や君が代の斉唱を妨害してきました。
しかし、その人たちの思想や好き嫌いを根拠に公式行事そのものを中止あるいは変更することは、その人たちの一方的な考えが独裁的に通用するということなので民主主義国では許されないことです。

直接のきっかけとなったのは、平成11年2月に広島県立高校の校長が自殺した事件でした。その校長が卒業式に学習指導要領に基づいて国旗を掲揚し国歌を斉唱するとしたのに対し、日教組系の組合に属する教職員たちが反対して、つるしあげのような会議が10時間以上にわたったのです。このような事件がきっかけで、「法律で決っていないから根拠がない」という口実に対して、国会も「そんなことを言うなら法律をつくろう」となったのです。

○トルコ国歌

ワールドカップの時のトルコ国歌を覚えていますか?戦う勇気が出るような国歌です。
このように世界の国々の国歌には戦いの歌や国を愛する歌や行進曲というような勇壮な歌が多いのです。その中にあって君が代は日本古来ののびやかな旋律と穏やかな歌詞が特徴です。

トルコ共和国 「独立行進曲」

恐れるな、狼狽させられるな、この深紅の旗は決してあせない
それは我が祖国のために燃えている最後の炉
決して消えることなく
それは我が民族の星、永遠に輝いている、
それは我が民族のもの、それは私のもの

顔をゆがめるな、たなびく新月旗よ、私はあなたのために死ねる
私の英雄的な我が民族に微笑め、この怒りは置いておけ、
汝のための流血が祝福されないことがないように。
自由は我が祖国の国の権利、
神を崇拝し正しいことを求める我らの自由


Q10:それでは、なぜ学校などで一部の人たちは日の丸と君が代に反対するのですか?

その生徒たちが学校で一部の先生から「日の丸の赤は血の色」とか「君が代は憲法違反」などと教えられているからです。またその先生たちは自分たちが学生の時とか、教員になってからは組合やマスコミなどを通じて、左翼的な大学の先生や知識人などからそう学んでいるからです。

それらの大学の先生や知識人の心の底には、戦後に東京裁判史観を信じてそれを思想的基礎にしたまま考えを変えられないことからくるこだわりや、戦後に日本が共産主義国にならずしかも発展していることに対する感情的反発があると思われます。しかし、だからといって子供に国旗や国歌への敵意を教える教育が許されるわけはありません。

【参考】

終戦後の沖縄では日の丸を掲げたり君が代を歌ったりすることはできませんでした。しかし日本への復帰を願う沖縄県民の中には、手づくりの「日の丸」を街頭に貼りつけて逮捕され、軍事裁判で懲役6ヶ月の刑に処せられた人もいました。特に日の丸の掲揚を熱烈に願い、そのための運動を続けていたのは沖縄の知識階級であった教職員の人たちでした。

沖縄教職員組合は、入学式・卒業式・創立記念日・運動会・学芸会・祝日・政治目的を持たない教育者集会にも日の丸の掲揚許可を求めて戦いました。組合による「日の丸」の購入運動が始まり子どもたちから購入希望を募って毎年1万本近くの日の丸を本土から購入しました。そして沖縄の本土復帰を求める行進に、沿道の人々は日の丸を振って応援しました。教職員組合の日の丸の掲揚運動も盛んでした。

日の丸に対する尊敬や掲揚運動が本土復帰後に失われたのは、沖縄の日本復帰前後に本土から左翼や組合の運動家などが反基地闘争のために大量にやってきて、教育宣伝活動を続けた結果によるものです。それによって、長年にわたり熱心に取り組んで来た沖縄教職員組合の「日の丸」掲揚運動は180度の方針転換をしました。

そして日の丸が尊敬すべきものから、軽蔑すべき軍国主義の象徴になり、その考えが一般の人達にも広がりました。日の丸を見ると日本軍の住民殺害を思い出すとか、さらに戦後生まれの人やそういう教育を受けた子どもたちも「日の丸」への拒否を口にするようになりました。最近ではその沖縄の事情も多少は変わりつつあるようですが、この沖縄の例が日の丸・君が代反対運動の特徴をわかりすく表しているように思います。

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