「産経新聞」五月八日「斜断機」で、「ルーズベルトの動機は?」と題して発表した。「産経新聞」で、ルーズベルトの連載が始まっているので、ルーズベルトがドイツや日本に対して、なぜ「無条件降伏」に固執したのか、その動機を明らかにしてほしいというものであった。そうしたらこの「歴史と教育」(本研究会会報)から、この点の問題についてもう少し詳しく提起してほしいという依頼があった。それで快く引き受けたしだいである。
言うまでもなく「無条件降伏」は、戦争の勝敗が決定的になっても、戦勝国が戦敗
国に条件降伏を示さず、戦争を最後まで続けることである。勝敗が決しているのに戦争を続行することであるから、戦争の犠牲者はいたずらに増える。事実、ドイツに対しては、この「無条件降伏」方式が文字どおり実行され、ドイツは絶望的な戦いを経て、国土の破壊と人命の犠牲を強いられた。連合国軍兵士も合わせてそれ相当の犠牲を強いられた。日本の場合で言えば、事実上海軍が壊滅しアメリカに対する攻撃力がなくなっているのに、本土決戦を強いられることである。
もともと欧米では国際法が発達し、戦争においても、国際法を守ることは当然のこ
ととなっていた。戦争に関する国際法とは、戦争におけるこのような無意味な犠牲者をできるだけ少なくしようとして発達したものである。この伝統が欧米にはあるの
に、ルーズベルトはなぜ「無条件降伏」方式に固執したのか。もちろんルーズベルトの「無条件降伏」に固執する動機を直接に示す史料は、原則的には一枚もない。しかし史料がないということは動機がないということとは違う。アメリカ人研究者でルーズベルトの真珠湾「予知説」に関する共著
(Hilary Controy and Harry Wray, Pearl Habor Reexamined : Prologue
to the Pacific War, Honolulu : University of Hawaii Press, 1990)もある桜花学園大学教授、ハリー・レイ氏と昨年あるところで議論したことがある。
レイ氏は、ルーズベルトの「予知説」を裏づける史料は見つからないので、ルーズ
ベルトは日本海軍の真珠湾攻撃を予知していなかったと述べた。
私は、用心深いルーズベルトが、そのような史料を残すはずはない、史料のないこ とはルーズベルトが予知していなかったことの証明にはならないと述べた。事実、彼が予知していたという状況証拠は多数ある。
真珠湾攻撃直前の十二月五日の閣議で、ルーズベルトが日本の艦隊がどこにいるかを知っていると言ったという、当時の労働長官フランシス・パーキンスの証言、当時ハワイ警察の警察官でFBIの仕事をしていて後にハワイの初代・知事になったジョン・バーンズの、真珠湾攻撃約一週間前にハワイは攻撃されると、FBIの上司から聞かされたという証言は、いかにもルーズベルトの「予知説」を裏づける証言である。(この問題は、今野勉『真珠湾奇襲−ルーズベルトは知っていたか』読売新聞社=1991年、杉田誠『総点検・真珠湾50周年報道−何がどこまでわかったか』森田出版=1992年を参照されたい。)
史料は、たしかにその時点でその史料が書かれたことを明らかにする。が、その時点の決定的なことは、その史料外のところで進行することもたしかだ(このようなこ
とは我々日常の生活のなかでもしょっちゅう目撃できる)。そこで歴史を書くには、関係者の回想録がどうしても必要となる。史料外の意味を明らかにするからだ。しかしそれでも真の動機は分からないことが多い。というのも回想録は結果を元にしての一定の合理化が終わってからのものであるからである。
ルーズベルトの場合、回想録もない。あの優秀で用心深いルーズベルトである。口
先だけではああも言い、こうも言い、その真の内心は直接には口に出さないことが多い。しかしものごとは時間を縦軸に、地上を横軸にして斜めに切ると、その隠れた動機をかなり明らかにしていくことができる。
欧米の戦争に関する国際法の伝統を押し切ってまで、なぜルーズベルトは「無条件降伏」方式に固執したのか。アメリカの外交は国務省の管轄事項なのに、なぜ国務省
にも秘密にしてヤルタの秘密協定を結んだのか。大西洋憲章で、あれほど帝国主義政策を非難しながら、なぜ、中国にも相談なく中国の主権を犯すような帝国主義的譲歩を提示し、ソ連をして対日戦に誘ったのか。
アメリカ国民は、戦争が終われば、大統領が日本の外交電報を読んでいたことを知
る。史料をいかに操作しても、この解読電報の史料の公開は避けられない。だとしたら、大統領の掲げた正義は、言うに言えない後ろめたいものになる。汚れ、立ち行かなくなる恐れすらある。いやがるアメリカ国民を編すようにして戦争に誘い込んだルーズベルトとしては、それを何としてでも防がなければならないことになる。
とすれば、戦後、戦争開始に関して決して相手国に発言権を与えてはならない。そ して相手国はこの世界に存在しなくなったかのような新たな国際秩序を作らなければならない。とすれば、この戦争では、敵国がこの地球上に存在しなかったかのように、敵国を徹底的に破壌しなければならない。(ここまでルーズベルトの悪しき心が成長したとき、歴史の女神はさすがに日本を哀れに思い、ルーズベルトを天に召し上げた、と、つい文学的なことを言いたくなる。なお、ルーズベルトが日本を戦争に誘う過程については、杉原誠四郎「日米開戦以降の日本外交の研究」亜紀書房=1997年を参照されたい。)
ところで、ルーズベルトの「予知説」は実質的に証明されたと言うべき本が今年に
なって出た。スティネットの『偽りの日』(Robert B. Stinetto Day of Deceit : The Truth
about FDR and Pearl Harbor, New York/ : The Free Press, 2000)であ
る。従来つまり一九九一年、真珠湾五十周年までは、日本側では、日本海軍の機動部 隊は徹底的に無線封止をし、そのために真珠湾攻撃は成功したのだということになっていた。それに対してアメリカ側では、ルーズベルトの「予知説」を裏づける直接証拠に類するものは、おおむね日本機動部隊から出てくる電波をキャッチしたとするものだった。機動部隊が無線封止をしているのに、そのような無線キャッチはできるはずかないということで、いまひとつ信憑性に疑問があったのだ。
しかしスティネッ トのこの本では、機動部隊が、機動部隊のなかで交信していた電波をとらえて記録し
た史料が出てきたのである。機動部隊は空母六、戦艦二、駆逐艦九、潜水艦三、給油 艦七等、三十艘に渡る大艦隊で、通常は淡路島くらいに広がって進んでいく。嵐に遭ったとき、無線を使って交信しなければ、隊列は崩れてばらばらになる。事実、機
動部隊は、進行の途中嵐に遭い、無線を使って呼び集めていたのである。そしてそれがアメリ力軍に把握されていたのである。それを記録した原史料が、スティネットによって見いだされたのである。
紙数がなくなったが、この本から二つのことが思いいたる。一つは言うまでもなく、ルーズベルトの真珠湾「予知説」はほぼ実証されたということである。チャーチル秘蔵の文書が公開されるまでもなく、ルーズベルトの「予知説」が実証されたと言えるということである。二つは、残念ながら日本海軍は歴史に嘘をついていたということである。山本五十六の責任はますます大きくなったということになる。(このスティネットの『偽りの日』の本の解説は、妹尾作太男「オトリに釣られた真珠湾奇襲=v『別冊歴史読本・連合艦隊全戦史』(新人物往来社、二○○○年五月)がある。テレビ朝日が五月二十八日「一○○人の二○世紀」の時間でもスティネットに取材し、報道していた。)
なお、真珠湾問題についてはもう一点、ウィリー(Mark E. Willey)
という人が咋年書いた『真珠湾―すべての陰謀の源』(Pearl Harbor : Mother of All Conspiracies)がインターネット本(普通の本の形式ではなくインターネットで流れている本)として出ているのを、自由主義史観研究会会員原明子氏から知らされた。これは主に状況証拠を集めたものだが、一九九一年の真珠湾五十周年のときよりさらに広範にして迫真の状況証拠を集めている。
杉原誠四郎プロフィール:昭和十六年広島県生。現在、武蔵野女子大学教授。主要著書に『教育基本法』(協同出版、1972年)『日本の神道・仏教と政教分離(文化書房博文社、1992年)『日米開戦以降の日本外交の研究」(亜紀書房、1997年)『杉原千畝と日本の外務省』(大正出版、1999年)
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