間もなく大東亜戦争の開戦記念日を迎える。それにしてもすごい戦争であった。この戦争の最大の意義は白人支配が崩壊し、人種差別は悪であるとの意識が定着したことである。この事こそ日本が果たした最大の功績である。日本は破れたとは言え、この事を世界に誇って良いと考える。勿論大東亜戦争は人種差別撤廃を目的として始められたものではない。マッカーサーが上院で証言したように、自衛の為やむなく始めたものである。
しかし日本の人種差別撤廃は明治以来の悲願であった。古くは欧米の支配を逃れる為、大アジア主義を唱え、中国、朝鮮と連携しようと考えた。アメリカの日系移民排斥運動に怒り、第一次世界大戦後のパリ平和会議では人種差別の撤廃を主張した。満州では五族協和を唱え、大東亜戦争では八紘一宇を主張した。そうは言いながら言っている事とやった事は違うではないか、と非難される。勿論あれだけの戦争である。勝つために、理想の追求は犠牲になった事もあったろうし、多くの人の中にそのような理想と無関係な人も多数いたであろう。しかし戦後、軍を脱走、現地の独立運動に参加し、共に戦った人も多い。独立運動の成功は日本が教えた「為せば成る」の精神と軍事訓練、そして日本から奪った武器である。東南アジアの独立の成功は、アフリカに波及し、人種差別の撤廃に繋がったのである。大東亜戦争なくして今日の平等社会はなかったと思う。我々は大いにこの事を主張すべきである。プロパガンダのうまい国が世界をリードする。謙譲の美徳だけでは通用しないのが国際社会である。
ではなぜ大東亜戦争に追い込まれたのであろうか。日本は中国への侵略を非難されている。しかし戦争とは両方に言い分があるものである。又時の流れで押し流された事もある。私が考えるのは次の三点である。
第一はマスコミ、軍隊、一般世論共に領土を広げることが国益だと思っていたことである。この考えの間違いは当時既に石橋湛山が指摘し、戦後の経済発展で証明されている。しかしマスコミは抜け駆けの功名を褒めそやし、軍部は中央の指示に反しても、罰する事が出来ず、追認した。軍部の横暴が非難されているが、マスコミの主張こそが軍部の独走を許したのであり、マスコミの責任は大きい。
二点目は、中国の民族主義高揚の軽視である。日露戦争における日本の勝利に触発され、ウィルソンの民族自決主義に代表される、世界的な民族主義の高まりの中で、加藤高明の二一箇条要求が出された。この高圧的な交渉態度が致命的な失敗となり、その後の融和策も有効な決め手が得られなかった。
三点目は中国の政局の乱れと、約束を守らない当局の姿勢である。地方政権と中央政権は共に責任をなすり合い、面従腹背が日本のいらいらを募らせた。更に今日のアメリカがコソボに介入するのと同じで、日本の利害も絡み、内政の乱れが見ておられないお節介が、又中国の民族主義を煽った。
私は歴史を学ぶ最大の目的は、歴史から学ぶことであり、自らの歴史を卑下する事なく、又美化することなく、歴史のイフを考えることが重要と考える。
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