質問:
同じ敗戦国ドイツが行なった個人補償の方が評価されているようですが、実際はどうなのですか?
回答:
ドイツとはよく比較され、負い目を感じている人もいるようですので、今のうちにはっきりとさせておかなければなりません。そもそもこれは二つの誤解から出発しています。誤解その1は、日本とドイツが戦争中に犯した罪は同じであると思われている点、誤解その2は、日本が行なった国家賠償よりドイツの個人補償の方がすぐれていると思われている点です。
まず誤解その1について説明しましょう。確かに日本とドイツは第二次世界大戦で同盟国であり、同じ年に連合国側に敗戦したというような共通性があります。しかしドイツが犯し、裁かれた罪は、通常の「戦争犯罪」ではありませんでした。「戦争犯罪」というのは戦闘に伴って起きうる犯罪で、古今東西、戦争をした国は勝ち負けを問わずに犯しているものです。例えば捕虜の迫害や民間人の殺傷などを指し、これらの和解のために「講和」があるのです。ちなみに“勝てば官軍”の言葉どおり、米、英など連合国側の「戦争犯罪」は一切不問に付されています。
さてこれに対してドイツの犯した罪は、これら通常の「戦争犯罪」とは区別して「人道に対する罪」と呼ばれます。「人道に対する罪」とはナチスの特殊な人種差別思想に基づいて「劣等民族」であるとされた民族を絶滅しようとしたこと、あるいはドイツ人であっても障害者や病人など「劣等な遺伝子を持つ」とされた人々を強制的に安楽死させたり、不妊・断種手術を行なったりしたこと対する罪を言い、これにより600万人のユダヤ人が殺害されたことはあまりにも有名です。この他にも50万人のジプシーや200万人のポーランド人、それ以上といわれる旧ソ連人を殺害する一方で、外国から容姿の美しい少年少女を拉致し、ドイツ民族として育成するなどしていました。つまりナチスドイツはその独自の基準に照らして美しい者、秀でた者は人種的に生き、悪しき者、劣る者は地上から抹殺すべきであるという思想によって大量殺戮をしたという罪を負っているのです。
そして重要なのはこうした一連の政策が戦闘行為によって生じたものではないということです。なぜならば戦闘に投入しなければならない兵員や武器等を運ぶのに必要な車両が不足している時期に、ヨーロッパの各地から敵対している訳でもないユダヤ人をガス室に運ぶなどということは、軍事的利益とは相反しているからです。
そこで誤解その2とも関連しますが、日本で評価の高いドイツの個人補償は通常の「戦争犯罪」ではなく、この「人道に対する罪」に対してのみに支払われたもので、「戦争犯罪」に関してはドイツはまだ賠償を行なっていないのです。
一方、日本は戦争をして敗北したために「戦争犯罪」を裁かれることになりました。しかし日本には国の政策として組織的に民族抹殺(ホロコースト)を行なったという事実はなく、通常の「戦争犯罪」について国家として賠償し「講和」を結んだのです。つまり日本には国家賠償以外に個人補償を行なわなければならないような「人道に対する罪」がないのであって、日本とドイツのこの大きな違いはしっかり認識しておかなければなりません。
次に誤解その2、すなわち国家賠償よりも個人補償の方がすぐれているように思われていることについてですが、通常、国際法や国際慣例による戦後処理とは講和条約とそれに伴う戦勝国と敗戦国間の賠償で終了します。日本の場合で言えば、サンフランシスコ講和条約と個別の二国間条約で決着していることは、〈Q1〉で説明した通りです。ところがドイツでは「戦争犯罪」に対する賠償はまだ始まっていないのです。なぜならば戦後ドイツは東西に分断されてしまったので、戦後処理の開始はドイツ統一まで棚上げされていたからです。ですからドイツが今までに支払ってきた個人補償とは、通常の戦時賠償とは全くの別問題であり、むしろそれは世界の常識である国家賠償以前の問題というべきなのです。ちなみにドイツが統一された1990年以後になって、戦勝国から「戦争犯罪」に対する賠償の請求が始まりました。
このように国家賠償と個人補償のどちらがすぐれているかという比較は非常にナンセンスなことなのですが、教科書や新聞などではこの論法がまだよく見受けられます。活字になっていることは事実だと思いがちですが、もう一度自分自身の頭で考えて教科書にだってツッコミを入れられるぐらいになりましょう。
●もっと詳しく知りたい人への推薦図書
・『異なる悲劇 日本とドイツ』西尾幹二/文芸春秋
・『歴史を裁く愚かさ』西尾幹二/PHP研究所
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