特集
連合軍捕虜への個人賠償は
サンフランシスコ条約で支払い済み


杉本幹夫(自由主義史観研究会理事)

★この論文は時事評論(石川)平成12年2月20日に掲載されたものに、アメリカへの賠償額を追加したものです。前半部(アメリカ関係除く)は月曜評論平成12年2月号にも掲載されています。

個人補償 

昨年7月成立した、カリフォルニアの「戦時中捕虜の損害賠償請求権、期限延長に関する法律」と、ドイツの「強制労働者に対する個人補償」についての合意により日本企業に対して、賠償請求が急増しているとのことである。

ここで忘れてはならないのは、サンフランシスコ平和条約16条で、連合軍捕虜に対して個人補償が支払い済みであり、しかもその金額は、今回ドイツが強制労働に従事させた連合軍捕虜に対して補償することになった金額よりも、実質上多いということである。

今回トイツが合意したと伝えられる補償金額は、一般の強制労働者に5ー6千マルク(30万円前後)ユダヤ人等、強制収容所で奴隷労働に従事した人には1万5千マルク(約80万円)との事である。この対象者は昨年12月16日産経新聞夕刊では230万人、18日同紙朝刊では200万人になっている。ドイツ政府、企業が負担するのは合計100億マルクとのことであるから、明らかに不足であり、この不足分はアメリカ政府が拠出する模様である。

この記事を見て感じたことは、日本がサンフランシスコ条約で日本軍の捕虜となった人に個人補償した額より少ないということである。日本は個人補償していないと言われるが、同条約16条で、同盟国、中立国に持っていた資産をすべて没収され、旧捕虜に国際赤十字の手により、個人補償したのである。その金額は1人平均2万9千円弱で、1956年と1961年の2回に分けて、ほぼ半分ずつ支払われている(朝日新聞『戦後補償とは何か』より計算)。たった2万9千円と思われるが、私は1956年に大学を出て社会人になった時、初任給は約1万円であった。大学卒初任給の約3ヶ月分である。今回のドイツの補償額より現在価格換算では多いように思う。

念のため統計資料を見ると、全産業の名目賃金指数は1995年を100として、1955年は4.5、1960年は6.0である。それぞれほぼ半分ずつ支払われているので、平均すると、この間に約19倍になっている。(尚年次のずれは概算ということで無視する)このようにして計算した、日本の個人賠償金額は、現在価値で、55万円くらいに相当する。ドイツの今回の合意額である、ユダヤ人等の奴隷労働者に対する80万円よりは少ないもののの、一般強制労働者に対する分、約30万円の2倍近い金額である。

更にイギリスは上記に、日本から接収した資産を売却した資金を加え、合計1人当たり8万3千円配分している。今回奴隷労働と認定される人に対する2倍近い補償金を受領済みなのである。
又アメリカはこの配分の権利を放棄し、1人1日1ドル支給している。日本当時の日本に支払い能力がなかったためで、今回不足分をアメリカが負担するとしたのと、同じ構図である。しかしこの原資の一部として、イギリス同様日本からの接収資産の売却費が当てられている筈である。

この金額がどの程度であったか、しっかりした資料が見つからないので、私なりに推定してみる。大蔵省財政史編の『昭和財政史 終戦から講和まで1』によると、第1回目の調査で終戦時アメリカに保有していた資産は、個人保有のもの・鉱業権・抵当権を除き4千2百万ドルである。この調査の合計値は426億ドルであったが、上記で除かれた個人資産等の追加・調査漏れの追加・修正が行われ、最終的に終戦時保有した在外資産合計は1110億ドルとしている。この比率でアメリカに残した資産を推定すると、110百万ドルとなる。

一方捕虜の数は大半が開戦当初のフィリピン攻防戦と思われる。この時の米比軍の捕虜は約83千人であった。その他グァム・ウェーク島で2千人捕虜となっている。合計8万5千人で上記110百万ドルを配分すると一人1300ドルで、1ドル360円で換算すると49万円となる。一方捕虜となった期間は1200日ー1300日と思われる。丁度1日1ドルで捕虜に対する補償額とほぼ一致する。但し為替レートは終戦時保有していた資産は1ドル10円で計算しており、現金等は減価が著しいこと、上記捕虜数にフィリピン軍が含まれていることを考慮すると、アメリカ政府の負担はどうだったか分からないが、米軍捕虜への補償も大半は日本資産の接収によるものと思われる。

ここで問題となるのは、中国人捕虜に対してである。中国は当時台湾と中共が主権争いをしており、サンフランシスコ条約に参加していない。従ってこの配分に預かっていない。これはこのような動きになると不公平である。そこで中国人捕虜については、今回の合意並の個人補償をすることを提案する。原資はODAを削れば良い。軍備を拡張し、公然と台湾への武力侵攻を主張する国に、ODAを供与する必要はない。


国家賠償

昨今ドイツは戦争被害者に個人補償をしているのに対して、日本は個人補償していないと非難されている。しかしドイツが今までに支払った個人補償は、ナチスの不法行為、即ちユダヤ人、ロマ人(ジプシー)、精神障害者、不具者等に対する不法行為に対する補償のみであり、このような不法行為は日本にはない。一般的な戦争被害者に対する個人補償は今回が最初であり、しかもその補償額は、日本の現在価値に換算した個人補償額より少ないのである。我々はもっとこの事を主張すべきだと考える。

更に日本は国家賠償を多数の国にしているのに対し、ドイツは分裂していたため、ここでようやく始まったのである。それに対し、日本の国家賠償を整理すると次の四回に分かれる。

まず最初は連合国所在の日本資産の没収である。この金額は1兆1千億円にのぼる(岡田邦宏『「戦後補償論」は間違っている』日本政策研究所)。当時の国家予算は現在の千分の一以下である。従って国家予算ベースで考えた現在価値は1千兆円を上回る巨額である。この半額以上は中国にあり、朝鮮、台湾を加えると9割を超える。従って中国は賠償請求を放棄したが、これだけの資産を獲得したわけである。それに対し、ドイツは第一次大戦で植民地をすべて喪失しているので、このような形での賠償は少ない。

2件目は中間賠償である。軍需工場を解体し、その機械類を1947年から49年に持ち去った。中国2千万ドル、フィリピン800万ドル、イギリス700万ドル、オランダ500万ドル、合計4千万ドルである(日本弁護士連合会『日本の戦後補償』明石書店)。1ドル360円で換算すると144億円であり、国家予算ベースで現在価値に換算すると2兆円近い金額である。

3件目はサンフランシスコ平和条約であり、前述の連合軍捕虜への個人賠償や、連合国の在日資産に対する補償等が決められている。

4件目は各国に対する個別賠償である。オランダに対しては抑留者1人当たり3万3千円の個人補償であり、マレーシア、シンガポールに対しては、虐殺事件の被害者に対する個人補償の代わりに、国に生産物、役務で精算するといったもので、実質的に個人補償である。フィリピン、ビルマ、インドネシアには、物的、人的被害への賠償として合計11.1億ドルが支払われているが、国家予算ベースで時価換算すると、約40兆円に達するのである。さらにその後もODAで巨額の援助を続けており、日本の賠償はドイツに比べ少ないというのは、全く間違いである。

以上ドイツとの戦後賠償の違い、日本の戦後賠償について述べたが、政府はもっとこの事実を分かりやすく公開し、えせ人権屋の日本攻撃に対処すべきではなかろうか

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